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小説 中編 『桔梗』 [創作]

「こらーーっ!喰っちまうぞーーっ!」

キノコ採りに来てたらしいバアさまの後ろにそっと近づくと、オレは腹の底から叫んだ。
「ひょえええええ~~っ!」
バアさまはキノコでいっぱいの籠を放り投げると、ころころと坂を転がり落ちて行った。

「うはっはっはっはっはっ!!」

オレはキノコをかき集めると、自分の背負いかごにぽんぽーんと入れて走って逃げた。
今日はキノコ汁にしよう。
後は・・・・魚がよいなぁ。

川に出ると、いたいた。
渓流に半ば浸かりながら、釣り糸をたれてじっと川面を見つめているおやじさん。
その脇の魚籠からは、大きなイワナの尻尾がぴちぴちと見え隠れしている。

オレはそおっと忍び寄るとまたまた大声で哮えた。

「うおおおおおおおっ!!!」

おやじさんは振り返ると飛びださんばかりのでっかい目玉でオレを見つめて
オレとあまり変わらない声で叫んだ。

「うわああああっ!!!鬼じゃぁあああっ!!」

おやじさんは顔いっぱいに口を開いたまま、尻からそのまま川へつっこみ、
速い流れに流されていった。


やったあ!これで魚もオレのもんだ。

戦利品は、まるまるとしたイワナを3匹。
川沿いの笹竹の小枝をぱくぱくしている口に突っ込むと、そのまままた背負い籠に入れて
オレは大満足で棲み家に帰った。

オレは鬼という生き物らしい。
オレがガキの頃はよく石を投げてきたりもしたが、今はみな逃げてゆく。
身の丈は6尺5寸(約195cm)以上あるし、腕っぷしもだれにも負けない。
向かって来るイノシシだってぶん殴って捕まえた。
ぐるぐると渦まく髪の中に、みんなが言うようなツノは見つけられなかったが
きっと鬼の中でもオレは仲間はずれモンなんだろう。
だからオレは童の頃から独りだった。
気がついてみると、いつも独りだった。

オレはお腹がいっぱいで、あったかい寝床があればそれだけでよい。
熱々のキノコ汁とイワナを腹に収めると、オレはごろりと横になり眠った。

棲み家のあばら家の隙間から太陽が見える。
あの高さだともう日中だな。

オレはもう腹が空いている事に気がつき、また川に出かけた。
洗濯ついでに服のまま飛び込むと、渓流の冷たさにいっぺんに眼が覚める。

しばらく泳いで、浅い所で小さなカニを3匹ほど捕まえて、石でとどめをさすと
びしょびしょの服をしぼって干した。
日なたの岩場にふんどし一枚でそのまま横になると、
お日さまの光がつむったまぶたに赤く差し込む。
じんわりとした暖かさが、心地よい。

ふいにその陽が遮られた。

オレは目を開けると同時に、起きあがり身がまえてあっけにとられた。

年の頃6つほどの童子が、しゃがんでオレを覗きこんできたのだ。

「なんだお前は!オレは鬼だぞうっ!喰っちまうぞっ!」

オレはとびっきりの怖い顔と声ですごんで見せた。

童子はきょとんとした顔でオレを真っ直ぐに見返した。

「オヌシはワレを喰らうのか?」

オレは戸惑った。
今まではそう言うと、皆腰をぬかすか気を失うかのどちらかで
話しかけられたのは初めてだった。

「お、おうっ!喰うぞっ!そこのカニみたいにぺしゃんこにして、頭からばりばりと食うぞっ!」

「へーえ。」童子は感心したようにオレを見上げると、にこにこしながら近寄ってきた。

「ワレはカニのように旨いのか?それは知らなかった。鬼というのはすごいのう。」

オレは思わずその童子から2歩3歩と後ずさった。
童子は歩を速めると、ぽーんとオレの足にしがみついた。

「オヌシは大きいのう。ワレが見た中でいちばん大きいぞ?」

オレは慌てて足をばたばたして振りほどこうとしたが、それは童子を余計面白がらせたようだ。
キャッキャと声をたてて笑い出した。

こんなフザケタ状況は、オレには納得が出来ない。
どこからこんな童子が湧いて出てきた。
この辺では見たこと無い顔だし服装だが、親はいないのか?
オレはきょろきょろとしたが、他に人影もない。

オレは見なかった事に決めた。

足に童子をしがみつかせたまま、未だ濡れた服を身につけると、
カニを拾って棲み家に戻る

その内にどこかに行くだろう。

途中で流石に腕がつかれたのだろう。
ころりと地面に落ちたが、振り向きもしないオレの後ろにぴょんぴょんと着いて来る。
歩を速めてもまだ諦めない事に気付いて、走って棲み家へもぐりこんだ。

いつもはしない扉に、心張り棒をあてがうと戸板の隙間から外を伺った。

「ここまで追いつく訳ないか・・。なんだったんだ・・・?」


ふと数日前に、もう里山に降りてきたのかと驚いたイノシシがいた事を思い出した。

「まさか・・出会うなんて事・・ないよな・・?」
オレは一度童の時に、大イノシシに追いかけられて、死に物狂いで逃げたのを想い出した。
ふるふると頭を振るって、あんなチビスケのヤツ
別にのたれ死のうがオレには関係はないぞと思い直した。

まだからみついた腕の感触の、温かさが残っている足を無意識にごしごしとこすった。

オレは心張り棒を持って外に出て、耳を澄ました。

ふと、鳥が鳴く様な高い叫びが聞こえた気がした。

オレはいつの間にか走り出していた。

「おいっ!どこだっ!小僧っ!」

山の斜面に先ほどの童子が倒れていた。
オレは慌てて駆け寄って抱き上げた。

「大丈夫か!やられたのか?!」

「オヌシ、待っておったぞ。ワレも何か喰いたい。」
童子はオレの首に腕を回すと、ぎゅううとしがみついてにこにこと笑いかけた。
あんぐりと口を開けて、オレは童子に謀られたのに気付いた。

後悔したがもう遅い。
オレはとぼとぼとそのまま童子を抱いて、棲み家に連れて行った。
オレはこんな事で迎えに行ってしまった自分自身が、よく解らずに腹立たしかった。

思いっきり不機嫌な顔をして、カニの汁ものを作った。
童子は火にかけられた鍋の前で、きちんと猫のように正座をしている。
いじわるに喰わせてやるのをやめようかとも思ったが、
その嬉しそうな顔を見ていると、その気持ちも萎えた。

いっこしかない欠けた椀に、カニをよそうと童子に差し出した。
童子はにこにこしてきちんと一礼すると、受け取ってひと口すすり目を細めた。
「うまいなぁ!」
「ワレがこれを喰ったら、今度はオヌシがワレを美味しく喰うのか?」
オレはむすっとして答えた。
「オレは人なんぞ喰ったこと無い。」
「おお、そうであったのか。オヌシは変わった鬼なのだな。」
オレはぐぅうと喉の奥で唸った。
「喰ったら里まで送ってやるから、さっさと帰えれ。」

童子は椀をオレに返すと、「ご馳走になった。」と頭を下げた。
「ワレを喰わないのなら、お礼が出来ないから、もう少しここにいるぞ。」
「ああ?」オレは呆れた。
「小僧。お前頭どうかしているだろう?
オレは鬼だぞ?鬼と一緒にいたいなんて、オレが怖くないのか?」
童子はにこにこと笑った。
「ワレは鬼がどんなものか知らなかった。
オヌシが自分を鬼というなら、ワレは鬼が好きだ。」

「あああっ??」
オレは口をぱくぱくと動かしたが、言葉が出て来なかった。
童子はそんなオレをにこにこと見つめている。
オレはカニ汁を口にかき込んだ。
腹の奥底にお日さまのようなあったかさが沁み渡る。
それがいつの間にか胸の奥にまで広がり、それはいつまでも消えなかった。

夜になると童子がごろんと床に寝ている、オレのそばに来て横になった。
童子がいるだけで、隙間だらけのあばら家の中でも、少しぬくまって感じる。
気がつくと童子がじっとオレの顔を覗き込んでいた。

「オヌシの目は花のような色だのう。
昔ワレがいた所にいっぱい咲いていたの花の色じゃ。」

「優しい色じゃのう・・。」

そしてすうすうと寝息を立てて寝入ってしまった。

オレはこの家で一番暖かい毛皮を奥から引っ張り出すと、そっと童子にかけた。
熾き火がぱちんとはぜるまで、オレはその童子の無防備な紅潮した頬を眺めていた。


そして、オレと童子は不思議な共同生活が始まった。

オレは魚を獲り、時に獣を狩り、童子は木の実やきのこを探しだし
夜になると寄り添って眠った。

オレは童子の笑顔を見るたびに、
心の中に今まで感じたことの無い
陽だまりのようなあったかさが広がるのを感じていた。
それは泣きたくなるような、叫びたくなるような、それでいて大声で笑いたくなるような
不思議な気持ちだった。


10日ほど経ったころだろうか、里の近くで嗅ぎなれない匂いがした。
そっと近づくと、見慣れぬ8人程の兵士の一団が、
里の入り口でもあるつり橋の手前で陣を張っている。

この匂いは、鉄と火薬の匂いだ。
オレの一番昔の記憶の底にあった匂いだ。

この匂いの後オレの母である人が、この地にたどり着いて動かなくなったのだ。

あれは悪いモノだ。
あの子に近付けてはいけない。

風に乗って、話し声が聞こえた。

「……の先に姿をみたものが・・・。」
「みしるしだけでも・・・持ちかえり・・手柄を・・。」
「まず里の者たちを全て殺し・・・」

オレは渾身の力で、大将らしき男に石を投げつけた。
大将ははものも言わずに、案山子のように倒れ込んだ。
一斉に、他の男たちが振り返る。

「お・お・・鬼・・・っ!」

散りぢりに逃げまどう男たちを追いまわし、
そばに置いてあった槍をむんずとつかみ振り回した。

4人5人と切り伏せた時にぱーんと乾いた音がした。

火薬だっ!

鉄砲という、鉛の弾を遠くに飛ばす武器だ。

慌てて伏せたが、肩のあたりに焼けつく痛みを感じた。
近くの地面から、しゅっしゅっと土煙が上がった。
あと3人・・・。
そうだ、あのつり橋を落とせば、里にも入る事が出来まい。

オレは吠え声をあげてつり橋まで突進した。
つり橋の真ん中あたりで、今度は背と腿に火が走った。

くそう・・くそう・・くそう・・っ・・・。

絶対に・・絶対に・・殺させるものか・・・。

あの笑顔を、奪わせるものかっ!


オレはつり橋の蔓を、力任せに何度も小刀で切りつけた。
残党の3人は直ぐ後ろに迫って来て、全てつり橋に足を踏み入れていた。

悲鳴が上がる。

残党は慌てて戻ろうとしたが、元の地にその足が届く前に橋は切れ果て、
深い谷底へ、オレも共に巻き込み落ちていった。

どれだけ経ったのだろうか、激しい痛みを感じて、目が覚めた。
息を吸い込もうとしたが、それすら胸に入って来ない。
苦しさと痛みで叫ぼうと口を開いたが、もう声も出ない。

見上げた頭上の天空は、見事な茜色。
両崖に縁どられ、切り取られた空は・・・遥かに遠くに感じる・・。

オレはアイツの笑顔を守れたかなぁ。

あれ・・・?なんだろう。

アイツに会った時の胸のあったかさだけを、今感じる。


そう悪い気分じゃないぞ。




お前に会えて よかったよ。

ちゃんとそう言ってやれば


よかったなぁ・・・・。



ありがとな。
















「さあお館さま、まいりましょうか。」
「少しだけ、待ってくれぬか?」

ある穏やかな秋の日、そのさま卑しからぬ若者が
眼付の鋭いお伴を独りだけ連れて、見事にしつらえられた馬上から降りた。

「昔な、ワレはこの先で鬼と共に暮らしていたのじゃ。」
「鬼・・・でございますか・・?」
「ああ。ワレはその鬼に命を救われたのじゃ。
その時、ここのつり橋は落とされておってな・・・。

あっ・・・・。」

谷底を覗き込んだ若者は、しばらく息を飲むように沈黙した。


遥か谷底に一面の桔梗の花が、紫の絨毯のように咲きこぼれていた。


「そうか・・。
鬼よ。ここに居たのだな。

お前の眼の色の花だ・・。

ワレは決して忘れまいぞ。」

そして高い蒼穹を仰ぎ、ほんの少し微笑んだ。

「いずれワレが天下を平らけく、オヌシのような鬼も民も元気でいられる国を造るからな。
その時まで、ワレからの礼は待ってもらうぞ。」

そしてお伴の手も借りずにひらりとふたたび馬上の人となると
そのまま元来た道を早駆けさせてゆく。
その後を伴が全力で追いすがって行った。





未だ夜の闇が今よりもほんの少し深い頃。

むかしむかしの刹那の物語である。

                                         ____  了  ____

これまでのリヴリー小説 まとめてみました [創作]

ノドくんの紹介をというお話しがありまして、
僕の下手くそな紹介よりも、むしろ彼の語ってくれたお話しを見て頂いた方がよい気がしまして
まとめてみました。

そのまま載せるのは恥かしい昔のモノばかりですが
お暇なときにでも眼を通して頂けると、嬉しい限りです。



『ただいま』 
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-01-30

『半分こ』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-02-14

『嘘』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-04-11

『五月五日の冒険』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-05-05

『野宿の夜に』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-07-04

『七夕のうた』 
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2009-07-05

『太陽のカケラ』 (前篇)
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-04-13

『太陽のカケラ』 (後篇)
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-04-23

『オメデトウ』
http://takehiko-and-nod.blog.so-net.ne.jp/2011-06-26

小説 短編 『新たなる日』 [創作]


少年は一心に上を見つめて、険しい岩肌にとりついていた。
振り返れば、その高さに心が折れるのは解っていた。
ひたすら全身全霊で神経を研ぎ澄まし、指先とつま先で
あるかないかの岩の突起やくぼみ、亀裂を探し出して
つま先を乗せ、指を押しこみ、体を上へ上へと押し上げていった。
時折ゴオオッと音をたてて、風が吹きあがる。
その度にしがみついている岩肌から体をひきはがされそうになる。
少年は浅く息を吐きながら、
いっそ手を離して、落ちてしまった方が楽なんじゃないかという誘惑とも戦っていた。
体が熱くだるい。
不快な汗が額と背中を伝う。
足も腕も攣れたように痛み、小刻みに痙攣している。
体を支えるどころか、腕をあげているだけで苦痛になって来る。
オーバーハング気味の岩が頭上にかぶさり、崖上は見る事が出来ない。
斜めにルートを取り直し、ふたたび少年は壁にとりついたイモリのように
ゆっくりとだが着実に上へと向かう。
そそり立つ崖の頂上に指先が届いた。
少年の心臓も頭も、もう破裂しそうにどきどきと脈打っている。
ここで落ちたら・・。指先の岩が崩れたら・・。
登っている時以上の恐怖が、手足を強張らせる。
少年は大きく息を吸って、呼吸を整えた。
はずみをつけて最後の足場の岩を蹴ると、崖に上に転がるように身をあげた。
そのまま仰向けに倒れこむと、抜けるような空の青さが目を射る。
「よし・・。よし・・・。」
少年は自分を励ますように疲れ切った体を無理やり起こすと
崖の上に広がる広大な果樹園へと歩きだした。

果樹園の入り口にはひと際大きな木が二本、向い合せに植えられていた。
少年は臆することなく、入口を通り、果樹園に足を踏み入れた。
広大な果樹園は、爽やかで甘い林檎の香りが満ちていた。
急に少年は喉の渇きを覚えて、たわわに実った真っ赤な林檎に目をやった。
ひとつくらい食べた所で、誰がいる訳でもない、見ている訳でもない。
少年は伸ばしかけた手を止める。
「僕にはしなきゃいけないことがある。そのために来たんだ。」
その木を見上げると、沢山の林檎の実りの中に、ひとつだけ金色に光っているものがある。
顔を近づけると、それはちいさなちいさな人の形をしている。
幼い子供の顔をして、気持ち良さそうに眠っているようだ。
「違う、君じゃない。」
少年はそう言って、次々と林檎の木をひとつづつ覗きこんでいった。
どうも木ひとつにつき、ひとりその金色の子供がいるようだった。

どのくらい歩きまわっただろうか、少年はようやく一本の木の下に立ち止った。
「見つけた。君だ。」
その声に、金色の子供が目を開いた。
「あれぇ?僕だ。」
少年は微笑んだ。
「そうだよ。僕は君だ。やっとみつけた。君は僕の魂のコア。
僕と君がひとつになって、やっとまた僕らはひとつの命になり地上に生まれる事が出来る。」
光の子供がつぶやく。
「僕、ここ結構すきだったのになぁ。もどるの嫌だなぁ。」
少年は少し微笑んだ。
「わかるよ。」
少年は手を伸ばすと、金色の子供のちいさな手をとって木の上から降ろした。
金色の子供は大きな瞳をにこにこと細めて、少年の元へと降り立った。
「仕方ないね。待っている人がいるんだね。」
少年は黙ってうなずいた。
金色の子供はちょっと名残惜しそうに自分のいた木を見上げると、
「また戻って来る時まで、待っていてね?」と、優しく木の幹を慈しむように、ぽんぽんと叩いた。
それに応えるように、林檎の木は風もないのに枝をゆすって、
実をひとつぽとりと少年の手に落とした。
その実は輝くルビーのような色で、たちまち辺りはその神々しいばかりの香りで満ち溢れた。
「ありがとう。行くね?」
金色の子供は、少年の手の中の林檎に手を置くと、すうっと吸い込まれるように消えた。
少年はその林檎を胸に抱くと、ルビーの輝きはますます強くなり、
金色の小さな太陽のようになり、ゆっくりと少年の胸を貫いた。
少年はその場に倒れこむ。
すううっと意識が遠ざかってゆく。
その最後の一瞬、少年は懐かしい少女の顔を想い浮かべた。
優しい愛おしい大切な笑顔。
「待っていて。」
「必ず。必ず見つけるから。僕が・・。」
少年の体が薄く消えてゆく。

新たなる旅の始まり。
新たなる試練の始まり。
もがき苦しみ嘆き泣きながら、
それでもたった一人の大切な人を護るために。
仲間を支えて共に生きてゆくために。
よりよい未来を託すために。

いつか真の歓びを手に入れるために。


果樹園の入口の巨大な二本の木に、
それぞれ見た事もないような姿のものが、ひっそりと宿っていた。
その驚くほど見開かれた二頭の門番の瞳が、
やがて再び静かに閉じられる。

風はなぎ、果樹園に再び静寂が訪れた。

『氷の修行』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  パターンE  リヴリー小説 [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
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雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。


 以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



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さて、ここからみたび、もうひとつの物語が生まれました。



『氷の修行』


ムシチョウのノドくんは、その赤い羽根がとても自慢です。

なぜなら、その赤は、
彼が大好きな正義のヒーローを助ける、大きな鳥の色と同じだからです。

ノドくんはかっこいいヒーローになりたいと、日々こっそり修行を欠かしません。

それは暑い夏も、今日のように池に氷が張る日も同じでした。


今日も仲良しのトビネのイェルクッシェくんとノドくんは、
今年初めて凍った池へと修行にきました。

「この木から飛び降りてしゅたたんっ!て立つ修行だよ!
カッコいいポーズも忘れずにね?!」

話しながらもうイェルクッシェくんは、池のほとりにある大きな木の中ほどの枝に立っています。
「それ~っ!しゅやや~んっ!!」

イェルクッシェくんは足を前にしてしりもちをついたまま、
池の上をつーーっとすべってゆきました。

「あははははは!おもしろいなぁ!すべるすべる!」

イェルクッシェくんは元気に立ち上がるとまた木によじ登り始めます。
「それぇ~~っ!しゅやや~~んっ!!」

今度は腹這いのまま、お腹ですい~~っとすべってゆきます。

「あはははははははっ!」

木登りの上手くないノドくんもやっと木に登ると、えいっと飛び降りました。

すると・・・


ぴしぴしぴし・・。

足元から、不気味な音が・・。

「あ、あ、あ、・・」

ああ!なんと言う事でしょう。
トビネのイェルクッシェくんを支えた、今年初めての池の氷は
大きなムシチョウのノドくんを支えるには、まだ薄すぎたようです。

ばりばりばり。
ばしゃばしゃばしゃ。
ごぼごぼごぼ。

びっくりしたイェルクッシェくんが、助けようと駆け寄ろうとしますが
氷と雪のために、つるつる滑って上手くゆきません。

「ノドく~ん!しっかり~っ!がんばれ~~~っ!!」

ノドくんは一生懸命、割れた氷のふちに掴まろうとしますが、
手も足も羽根もきんきんと冷たく濡れて、痺れてうまくゆきません。

しかも薄く積もった雪も白く、氷も白く、
やっと掴まろうとしたノドくんの目測を狂わせ、拒絶します。
体中に無数の針を刺されたように痛くなってきました。

イェルクッシェくんが、氷の上をつるつると走りながら叫びます。

「がんばれっ!今、たすけにゆくよ!!たちあがるんだっ!」

声を聞きつけて、ノドくんは最後の力を振り絞ってたちあがりました。

・・・あれ・・?

なんと幸いな事に池の水は浅く、ノドくんの胸のあたりしかありませんでした。

びしょぬれになったノドくんはかちかちに凍りながら、ようよう木の根元に座り込みました。


「ノドくん、大丈夫かい?」

割れた氷の横を、そろりそろりと渡って来たイェルクッシェくんが、心配そうにのぞき込みました。

ノドくんはとぎれとぎれに言葉を切りながら、つぶやきました。

「修行、って・・・大変、なんだね・・。」
「ぼく・・・。目の前が…全部、まっしろでね・・・?なにが、なんだか・・・わからなく・・・なって・・ね・・?」

「うん。白は始まりの色なんだね!
だってお絵かきをする前の画用紙は真っ白だもの!」

「始まりと、おしまいって、おんなじ・・色・・・なのかな・・・?
だから、あんなに…みんな、真っ白・・・なのかな・・?
僕、もう・・おしまいかと・・・・おもったよ・・・。」

ノドくんはぽつんとつぶやきました。


「僕、ヒーローよりも、やっぱりヒーローを助けるトリさんでいいや。」


雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、
ようやくノドくんは思い知り、歯と体を震わせたまま、
あふれ出る涙を止める事ができませんでした。






『御子』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  パターンD  [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
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雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。
  
以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



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さて、ここからもうひとつの物語が生まれました。

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『雪』  千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
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雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。
  
以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



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さて、ここからひとつの物語が生まれました。



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『花』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語  [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
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  神様は思いました。誰が自分を罰してくれるだろう。誰が間違いを指摘してくれるだろう。  



以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



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さて、ここからひとつの物語が生まれました。


『花』


神様は思いました。誰が自分を罰してくれるだろう。
誰が間違いを指摘してくれるだろう。

神さまの手には一輪の花が握られています。
かつて瑞々しかったその野花は、
既にしおれて、ちいさな首をぐったりと垂れていました。
神さまは静かにその花を見つめて、
その花をいっぱいに両手に抱えていた
幼い少女の笑顔を想い出していました。

慈しんで創り上げた大地。
愛おしんで生まれさせた生命。
夢見た理想郷を実現させるために
育んできた気の遠くなる時間と力。

それを一瞬で無に帰してしまったやりきれない脱力感と絶望。

始めからなんてできない。
花は新しく創っても、同じ花ではない。
少女も生まれても同じ少女ではない。
滅ぼしても、創りだしても
決してたどり着く事のない、繰り返される無限の螺旋。

神さまはそっと手の中の花を離しました。
花は背後からの熱風に抗うように空高く舞い上がります。

「さあ、まいりましょう。」
脇に控えていた天使が感情を殺した堅い声で促しました。
振り向く神さまの目に
まだ燃え続けている町と人々の様子が映ります。

ソドムと呼ばれ、長く人々の記憶に刻まれるその町の夜明けのことでした。


リヴリー小説 短編 『オメデトウ』  [創作]

ジャスミンさんのお誕生日の帰り道。
ノドくんとイェルクッシェくんはスキップしながら、仲良く並んで僕の前を歩いていました。

「ジャスミンさん、にこにこしていたねぇ。」
「うんっ!ケーキ、美味しかったねぇ。」
「うんっ!毎日お誕生日ならいいのにねぇ。
そうしたら、みんなにこにこかなぁ?」

♪「お誕生日おめでとー お誕生日おめでとー!」
♪「おめでとー ジャスミンさーん」
♪「お誕生日 おめでとーっ!」

二匹はまた顔を見合わせて大きな声で笑いあいました。

イェルクッシェくんはぴょんぴょーんと
道の傍に揺れる紫陽花の大きな花の前にゆくと、首をかしげました。
「君のお誕生日はいつなの?」
くるくると大きなお目々をめぐらせると
今度はよそのお庭のお蜜柑の若木で
むしゃむしゃと葉っぱを懸命に食べているアオムシを見つけました。
さっそくぴょーんぴょんと近付いて、
その細いお指で、そおっとつつきました。
「君のお誕生日はいつ?」

そして立ち止まって振り返って待っていた、僕とノドくんの所へ
すごい勢いで駆け戻ると、
「ねぇ?どうしてなの武彦さん?」と見上げました。
「どうして、お誕生日はオメデトウなの?」
「そうですねぇ・・・。」

「きっとこうしておんなじ場所で出会って、
おんなじ時間を過ごせることがとっても嬉しいから
頑張って生まれてきてくれてありがとう、
また会えてよかったね?で、おめでとうなのかもしれませんね。」
「そうなのかぁ。」
イェルクッシェくんはにこにこと笑いました。
「じゃあ、僕もノドくんも、ジャスミンさんもポイトコナくんも、
ゼフォンも武彦さんも響鬼さんも、みいんなおめでとうだねっ!」
「はい。」
僕は思わずイェルクッシェくんの小さな頭をいい子いい子と撫ぜました。
「えへへへ~。」
イェルクッシェくんは目をつぶって笑いながら、ふわふわのシッポを元気に振りました。




数日後の夜中。
イェルクッシェくんはとても怖い夢を見た気がして、飛び起きました。
胸は大きな音を立ててどきどきしています。

「ゼフォン!ゼフォーンッ!」

イェルクッシェくんは一番の親友で、一番大好きな人の名前を呼びました。
薄暗い月明かりに照らされて、彼の親友はぐっすり眠っているようです。
イェルクッシェくんは力いっぱい走ってゼフォンさんの胸に乗ると
腕の中にぐりぐりと頭を押しこみました。

「おや・・?イェルクッシェ。どうしたの?」
目を覚ましたゼフォンさんはそっとその頭を撫でてやりました。
「ゼフォン・・。僕ね・・。ええとね・・・?」

うんと疲れてお仕事をしてきたゼフォンさんを起こしてしまった申し訳なさと
起きてくれた安心感と、撫でてもらった嬉しさで
イェルクッシェくんは涙がこぼれそうになって、口をつぐみました。

それから、お顔をゼフォンさんの胸につけて、大きな声で言いました。
「ゼフォン。おめでとうなのっ!とってもとっても、おめでとうなのっ!」

ゼフォンさんは何がおめでとうだったっけ、とぼんやり考えましたが、
イェルクッシェくんがすやすやとまた寝息を立てて安心して眠るまで
優しく撫でてくれていました。

優しい月の光が小さな窓からそんな二人を包んでいます。



明日の朝、目が覚めたら今度こそほんとうにおめでとうですね。

イェルクッシェくん、お誕生日おめでとう^^

リヴリー小説 中編 『太陽のカケラ』 (後篇) [創作]

 『太陽のカケラ』 (前篇)より続き




「今日は飛ぶ練習をしようっ!」

イェルクッシェくんが高い木の上で胸を張りました。

「ジャス・ド・クッシェくん、おいでおいで。」

みんながお母さんだね、と言う事で
彼らは頭を寄せて白いひよこにそれぞれの名前を与える事にしました。

体はまだ小さくても、真白い鳥のジャス・ド・クッシェくんは、羽をもうぱたぱたし始めて
武彦さんがそろそろ飛ぶ練習を始める頃かもしれませんね、と言ったのは
タマゴが孵ってからそろそろひと月も経とうという頃でした。
「まだ小さいのに大丈夫かなぁ」と心配顔のノドくんママを木の下に待機させて、
イェルクッシェくんは自分のお腹に、慣れた手つきで丈夫な草のツルをぎゅっと結びました。
ツルの端の片方は、頭の上の枝に結び付けると
上手に羽ばたきながらぴょんぴょんと木に登って来たジャス・ド・クッシェくんに
うんうんと、自信たっぷりに頷いて見せました。

「大丈夫だよ?男の子はいっぱい修行すれば出来ない事なんてないんだ。
もし飛べなくても、下のノドくんがしっかり受け止めてくれるから、安心してね?
羽に力を込めて、僕の後についておいでっ!それええっ!!!」
イェルクッシェくんは頭の上にきっちりと両腕をそろえて、しゅやや~~んっ!と飛び降りました。
ツルはぴーんと伸びて、イェルクッシェくんは小さな振り子のように行ったり来たりしています。
それに負けじと、ジャス・ド・クッシェくんは思いっきり下のノドくんめがけて飛び立ちました。
一生懸命羽ばたくと、風がふわりと羽をもちあげました。

ノドくんは上を見上げ、両手を広げて木の下をばたばた走りまわっていましたが、
自分の頭上でこの小さな鳥さんが
立派に羽ばたいているのに手をぱちぱちと叩き、飛びあがって歓びました。
「すごいっ!飛んでる!飛んでいるよ!」
イェルクッシェくんもまだ振り子のようにゆらゆらしながら、手を叩きました。
「やったあっ!!かっこいいなぁ!」
あんまり体をよじって喜んだものですから、ツルが巻きついて逆さになってしまいました。
「きゅうう。・・ノドくん・・・おろして・・。」
ノドくんは慌てて巻きついたツルをはずして、イェルクッシェくんを救いだしました。
その頭上ではジャス・ド・クッシェくんがくるくると嬉しそうに翼に風を受けて飛んでいました。

いっぱい遊んで、いっぱい飛んで、
にこにこ笑いあって、楽しくくたくたに疲れながら
ノドくんとジャス・ド・クッシェくんは武彦さんの所に帰ってきました。
興奮したノドくんの、ジャス・ド・クッシェくんがいかに上手に飛ぶ事が出来たかを聞きながら
武彦さんは、そろそろジャス・ド・クッシェくんを
仲間の所に戻さなきゃいけない頃なのかもしれないな、と思いました。
いなくなった後、ノドくんが寂しがるだろうなぁとちょっぴり哀しくなって、
それでもにこにことジャス・ド・クッシェくんと、ノドくんの頭をいい子、いい子と撫でました。
2匹は心地よく疲れて、寄り添いながらぐっすりと眠ってしまいました。

それから数日後。
リヴリーアイランドに時ならぬ雪が降り始めました。

ノドくんもイェルクッシェくんも大喜びで雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり
毎日元気に遊んでいましたが、流石に1週間も雪が続くとそろそろお陽さまが恋しくなってきました。
雪は弱まるどころか、ますます激しさを増し、今日は吹雪のように視界を遮っています。
ノドくんとイェルクッシェくんとジャスミンさんは真ん中にジャス・ド・クッシェくんを挟んで
窓の外を恨めしそうに見ていました。
「きっとニンゲンの世界で恐竜がいなくなる前も、こんな感じだったのかしら・・」
ジャスミンさんはぽつりとつぶやきました。
「恐竜はかっこいいよねぇ!僕、恐竜といっぱい遊びたかったなぁ!」
イェルクッシェくんは、ぱかっぱかっと恐竜の上に乗っているように走り回りました。
「・・・・僕たちもいなくなっちゃわない・・?」
ノドくんは心細そうにジャスミンさんを見つめました。
ジャスミンさんはにっこり笑いました。
「大丈夫。私たちは忘れ去られない限り生きてゆけるのだもの。」
「そうだね。でもこんなに終わらない冬が続くと、カケラでもお陽さまが欲しいね。」
ノドくんはほっとしたように、ジャス・ド・クッシェくんの頭をいい子いい子と撫でました。
ジャス・ド・クッシェくんは真剣なまなざしで、窓の外の雪を見つめていました。

翌日まだ暗いうちにジャス・ド・クッシェくんは外に出ました。
振り返る家は何だかとても暖かくて、涙が出そうになりました。
決意を込めた瞳でもう一度空を見あげました。
空からは大きな雪が降り続いています。
『僕が、とってくる。』
『太陽のカケラ、きっと持ってくる。』
『ノドくん、イェルクッシェくん、ジャスミンさん、武彦さん。
僕はみんないなくなっちゃうのいやだ。』
ようやく空が明るくなってきた時、ジャス・ド・クッシェくんは大きく息をすると
一直線に太陽に向かって飛び立ちました。
冷たい雪が容赦なく羽を濡らし、重く凍らせます。
浅く息をする胸の奥まで、鋭い氷のトゲが刺さるようです。
それでも重い雲を抜けてジャス・ド・クッシェくんは羽ばたき続けます。
『太陽のカケラをっ!きっと・・きっと…』
雲をぬけて太陽がきらりと眼をうっても、羽に感覚が無くなっても
彼は太陽を目指し真っすぐにひたすら昇ってゆきます。
もう頭の中は、たったひとつ、太陽のカケラをとって来ることだけしかありませんでした。
『もう少し…もう少し…・。』

やがて輝くひとつの光が、石つぶてのように空から落ちてゆきました。
薄い空気を切り裂き、厚い雲を突き抜け
雪の大地に光は吸い込まれてゆきました。

そこを中心にまあるく雪が解けだしました。
雪は小川となり、雪の下に閉じ込められていた緑がゆっくりと眼をさましてゆきます。
あれほど降り続いた雪はすでにあがり、やわらかな春の光が辺りを照らし
風も思わず微笑みたくなる心地よさで、木々の葉を揺らして森を吹き抜けました。
冬は去りました。
季節はまた動き始めたのです。

その日、なんとも暖かくて、ノドくんは久しぶりに元気に目覚めました。
ノドくんはいつものようにジャス・ド・クッシェくんを呼びました。
「おはよう!今日はなんだかわくわくするねっ!」
いつもは直ぐにぴょこりとお顔が出てくるのに、なんだかがらんとしています。
「ジャス・ド・クッシェくん?あれ?どこ?」
ノドくんはお部屋中探しましたがどこにもいません。
「武彦さんっ!ジャス・ド・クッシェくんがどこにもいないよぉ!」
泣き顔のノドくんに武彦さんは声に詰まりました。
「昨日は何も言っていなかったの?」
ノドくんは大きな涙をぽろぽろ流しながら、コクコクと頷きました。
「ノドくん。よく聞きなさい。
ここは天敵もいないし、危険な事もなにもない。
ここにいないという事は、
ジャス・ド・クッシェくんが自分の意思で出て行ったという事だと思う。
まだよくお話しは出来なかったけれど、
彼はとてもノドくんの事も、イェルクッシェくんの事も、ジャスミンさんの事も大好きだった。
それは解っているね?」
ノドくんは大きな眼を見開いたまままたコクコクと頷きました。
その度に涙がぽろぽろとこぼれて落ちました。

「僕らはジャス・ド・クッシェくんが何の鳥でどうしてあそこにいたのか、
結局解らなかったね?
きっと彼は何かすべき事があったのかもしれない。
でも・・ノドくんたちのこと大好きだったから、今日まで一緒にいてくれたのかもしれないね・・。」
ノドくんは、武彦さんの手に頭を押し付けて、きゅううっと泣くのを我慢しているようでした。
「うん・・。そうだね。そうかもしれないね・・。」
武彦さんは優しくノドくんを撫でました。
「ノドくんは、これ以上無いくらい良いお母さんで、お兄さんで、お友達でしたよ。
それはジャス・ド・クッシェくんが一番わかっているはずです。」
「うん・・うん・・・。」
ノドくんの涙はしばらく止まりませんでした。



さて、小さなジャス・ド・クッシェくんは死んでしまったのでしょうか。
彼の落ちた場所に行ってみましょう。
ほら、まだそこだけ明るく輝いていますでしょう?

おやおや、彼に気づいたのは僕たちだけで無いようです。
森の奥からいくつもの輝く鳥たちが集まって来ています。
長い尾はまるで炎のように辺りを明るく染めています。
その中心・・ひと際金色の明るく輝く鳥がゆっくり身を起こしました。
「僕は・・・」
「お疲れさま。おかえりなさい。」
「お陽さま、連れて来られたね。ここはもう大丈夫。」
「さあ、ゆこう。僕らの故郷へ。」
白い小さな羽はもうすでに無く、大きな金色の翼に変わっています。
理知的な意思を持った大きな瞳、長く煌めく尾・・。
「君はもうりっぱな僕らの仲間だ。来るべき日のために共にゆこう。」

ジャス・ド・クッシェくんと呼ばれた小さな鳥は
大きく羽ばたくと遠くの懐かしい家の方向を見つめました。
「ありがとう・・。僕の家族。」
輝く鳥はそのまま森の奥へ仲間の鳥たちと消えてゆきました。



僕もその鳥の種類は解りません。
ただ昔からの言い伝えに出てくる『フェニックス(不死鳥)』にも『火の鳥』にも似ているような気がします。
『来るべき日』に彼らがどのような役割を持っているのかも、僕には解りませんが
きっとそれもまたいつかのお話しになるかもしれません。



リヴリー小説 中編 『太陽のカケラ』 (前篇) [創作]

「あったわっ!」
大きなかごを持ったにジャスミンさんが、
身の丈くらいの草の間から元気に手をかかげて現れました。
ノドくんは走ってジャスミンさんの手に大事に持たれている、きれいな色がついたタマゴを覗きこみました。
「わあ!すごいなあ!きれいだね!ジャスミンさんは見つける名人なんだなぁ。」

今日はイースター。
みんなで隠された色とりどりの可愛いタマゴを探すゲームをしていました。
イェルクッシェくんもふさふさの尻尾に葉っぱやら、木の小枝やらいっぱいつけて
高い枝からしゅややっ!と飛び降りて来ました。
「上にはなかったよ?でもねえ、おっきなトカゲがいたんだっ!ほらっ!かっこいいなぁ!」
イェルクッシェくんの腕に抱えられたトカゲは、ようやくチャンスとノドくんの頭の上に飛び乗ると
そのまま大慌てでまた木によじ登りました。
「まてまてまてまて~!」
イェルクッシェくんはまた風のように追いかけて行ってしまいました。

「あれではタマゴは見つかりそうもないわね。」
ジャスミンさんはにこにこしながら、イェルクッシェくんの尻尾が高い木の幹に隠れるのを見上げました。
そして、そおっと腕にかけたかごの中にタマゴを入れました。
かごの中には鮮やかな色とりどりのタマゴが、もういくつも並べられています。
「ようし、僕、また探してくるね!」
ノドくんは今度は森の奥の方へ行ってみる事にしました。

きらきらとした木漏れ日が、かすかな風が吹くたびに揺れ動き
春の森は、まだ寒いながらもやわらかな光に包まれ
ノドくんはむずむずするような喜びで足取りも軽く、奥へ奥へとずんずん進んでゆきました。
時々きょろきょろと辺りを見渡しているのですが
いい香りのするお花や、葉っぱについている小さな虫を見つけるばかりで
タマゴは見つけることが出来ません。

ふと気がつくと、今までずっと聞こえていた鳥のさえずりが聞こえなくなっています。
随分奥まで入り込んでしまったのかな?とノドくんは足を止めてもう一度きょろきょろと頭をめぐらせました。

すると、どうでしょう!
ひと際大きな木の根元の所に、
真っ白なタマゴが、きらきらといく筋もの光が差し込んできらめいているではないですか!

ノドくんは大喜びでとび跳ねながら、タマゴを手にとりました。
「あれ?何だか・・重いし・・。模様が書いてないなぁ。」
ノドくんは首をかしげて、おひさまにタマゴを透かしてみました。
「うわあああ!どうしよう!!本物のタマゴだぁ!」

タマゴの中にはかすかにひよこの影らしいものがうつっています。
ノドくんは慌てて羽の胸と腕の中にタマゴが冷えないように包みました。
「木の上の巣からおっこちちゃったのかなぁ?」
イェルクッシェくんのように木のぼりの得意でないノドくんは、
ぐるぐると木の周りを見上げながら回りましたが、お母さん鳥の姿も見当たりません。
置いておくことも心配で、ようやくノドくんはその場を立ち去り
お友達の待つ森の入口まで走って戻りました。

「イェルクッシェく~んっ!ジャスミンさ~んっ!どうしようどうしよう!
タマゴみつけちゃったよぉ!」
遠くからその声を聞きつけたイェルクッシェくんが枝の間から逆さまに頭を出して
あはははははと笑いました。
「僕たちタマゴを見つけているのにねぇ。」
その手に大きな虫が掴まれているのを見て、ジャスミンさんは
『あら、ちゃんとタマゴを探していると覚えていたのね』
とくすくすと笑いながらノドくんに手を振りました。
「ノドくん、おめでとう!やっとみつかったのね!」
「ちがうちがうちがう~~。タマゴなんだよぉ~!」

両羽を胸の前に組んで、エリマキトカゲの如く走って来たノドくんにお話しを聞いて
ようやく、イェルクッシェくんもジャスミンさんもびっくり仰天、
慌てて武彦さんの所に駆け戻ってきました。

「武彦さん、こんにちはっ!タマゴなんだ!ノドくんタマゴだったんだよ?どうしたらいいのかな?」
一番早く武彦さんのところに着いたイェルクッシェくんが
武彦さんのズボンの裾を引っ張りながら聞きました。
「な、なにがどうしたの?ノドくんがタマゴ?」
イェルクッシェくんは大真面目な顔でコクコクと頷いてもう一度言いました。
「そうなの。タマゴだったの。」
「どうしたら・・いいって・・。
タマゴから生まれたのかな?
ノドくんが僕の所に来てくれた時はもうトリの姿だったし・・。
そもそもリヴリーは精霊みたいなもので、タマゴからは生まれないんじゃ・・。
いやいや・・最初は皆タマゴだったのかな??」
ボソボソと言っている内に、頬を赤く染めたジャスミンさんがたどり着きました。

「武彦さん、こんにちは!
ノドくんがね?イースターエッグを探していて、本当のタマゴ拾ってしまったの。
近くに巣もお母さんもいないそうなの。
持ってきちゃって大丈夫かしら?」
ようやく事情がのみ込めた武彦さんは、なるほどそういうことかと腕を組みました。
ノドくんも息を切らして武彦さーんどうしよう!と首をかしげました。
「僕、タマゴだったの。どうしたらいい?」

3人の真剣な顔に武彦さんはちょっとどぎまぎして、ノドくんに手渡されたタマゴをすかしてみますと
確かに陽にすかして、心臓が動いているのがわかりました。
「これは・・もうすぐ産まれちゃいそうだけど、今冷やしたら死んでしまうかもしれないね。
お母さんを見つけて巣に戻してあげるのが一番だと思うけれど、
とにかく温めて続けてあげていないと。」
ノドくんはそおっと大事に武彦さんの手からタマゴを受け取ると、
もう一度羽の中にタマゴを抱えました。
「僕、大丈夫。ちゃんとお母さんを見つけてあげる!それまで寒くないようにあっためてあげるよ?」
イエルクッシェくんもジャスミンさんもお手伝いするからね、と請け合ってくれました。

みんなでどれだけ木の上や、草の中をかきわけて探し回っても、
お母さんらしい鳥も巣のカケラも、見つける事は出来ませんでした。

それからノドくんはどんな時もタマゴを離す事はありませんでした。
寝る時も、ご飯の時も、お外でみんなと遊ぶ時も
みんなから少し離れて、優しくタマゴに話しかけていました。

「ほんとうのお母さんみたいね。」
とジャスミンさんが感心するほどノドくんはお母さんをしていて・・・はや一週間。

明け方うとうとしている時にノドくんが、うひゃあああっ!と叫びました。
「た、た、武彦さんっ!タマゴが、タマゴがっ!割れちゃってるよぉっ!」
驚いた武彦さんが、声を振り絞って泣いているノドくんをなだめながら、タマゴを見てると
「ノドくん、ノドくん。安心して。ほら、もう産まれてきているんだよ、おめでとう。」とにっこりしました。
ノドくんがびっくりして覗きこむと、大きなクチバシがタマゴからのぞきました。

武彦さんも急いでイエルクッシェくんとジャスミンさんに連絡をすると
二人とも大喜びで駆けつけました。
「がんばれっ!」
ノドくんが一生懸命応援します。
「がんばれっ!」
イェルクッシェくんとジャスミンさんも声を揃えます。

ゆっくりゆっくりと殻の穴が広がってゆき、まだ薄く開いたお目々が覗きました。
休み休み、ようやく殻が割れ落ちると
中から現れたのは真っ白い羽のひよこでした。
まだ濡れたような羽をノドくんがそっとなでると、ひよこはふらふらと立ちあがり
びっくりするほど大きな声で鳴きはじめました。
「わあ!」
イェルクッシェくんは大きな声で歌いました。
「ハッピバースディ、トゥ~ユ~ ハッピバースディ、トゥ~ユ~」
ジャスミンさんもノドくんも歌います。
「ハッピバースディ、ディアヒヨコく~ん。
ハッピバースディ、トゥ~ユ~!!」

しばらくすると、ふわふわのうぶげに覆われた真っ白なヒヨコは
ノドくんの後を大きな声で鳴きながらついてくるようになりました。

ジャスミンさんはもうお母さんね、と微笑みましたが
ノドくんは弟が出来たように大喜びです。
眠る時も2匹は寄り添い、食事も仲良く分け合って、
どんなときでも一緒にいるようになりました。




 『太陽のカケラ』 (後篇)に続く


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