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「純真」今どこにいますか?(エブリスタ)コンテスト参加 2021.11.14 [投稿作品(エブリスタ)]

悠真。
僕の四つ下の弟。
君は何処にいるんだい?
甘えんぼでいつも僕の後ろを着いてきた。
必ず僕は君を見つける。
僕は君のたったひとりのおにいちゃんだもの。



ひやりとしたタオルがおでこに乗せられて、僕は目を開けた。
「漣、2日間も熱が高かったのよ」
かあさんが僕の頭を持ち上げて、冷たい水枕を差し入れてくれた。
「喉が渇いたでしょう」
傍にあった吸い口の水をゆっくり飲ませてもらう。
ああ‥美味しい・・。
カラカラだった喉がようやく癒された。
「悠真にも言ったけど、こちらには来させないでね、うつってしまうから」
僕は頷いた。

当の悠真がちょこんと扉から頭を出している。
かあさんが立ち上がるとその頭は急いでひっこんだ。
かあさんの姿が消えると悠真がそろりそろりと僕の横に立つ。
「駄目だよ、悠真。うつってしまうからね」
僕は布団を目の下まで引き上げるとそう言った。
悠真は少しもじもじしていたが
「ねぇ、にいちゃん」と話しかけてきた。
「僕のお誕生日のプレゼント、先でいいからね?」
僕はしまったと声をあげた。
「ごめん。今日だったよね」
悠真は一生懸命な顔をして僕に言った。
「あのね、かあさんがね、にいちゃんが良くなったらちゃんとやろうって。
僕もにいちゃんと一緒がいいもん」
「悠真。僕の机の一番下の紙袋を取ってきてくれるかい?」
「うん」
悠真は走っていって、慎重に紙袋を持ってきた。
僕は手だけだしてそれを受け取ると、またそのまま悠真に渡した。
「包んでいなくてごめんね。お誕生日おめでとう」
悠真はそっと紙袋の口を開く。
途端に目がきらきらして跳び上がった。
「覚えていてくれたんだね!やったあ!ゴムの飛行機!にいちゃんのだ!」
これは以前僕が工作の時に割りばしとはがきで作った、ゴムで飛ばす飛行機だ。
持って帰ったら、悠真が凄く欲しがったので
お誕生日にあげるよと言ったんだ。
「僕のじゃないよ、それは悠真のだ」
新たに作り直して、赤と青に色分けして塗って、尾翼の所にYUUMAとローマ字で入れたんだ。
「悠真の名前入りの、悠真の飛行機だからね。
僕の風邪が治ったら一緒に公園にあげに行こうね」
悠真が歓声を上げる。
バンと扉が開いてかあさんが大きな声で叫んだ。
「こらーーーっ!!!
にいちゃんところ行っちゃだめって言ったでしょう!」
悠真はにこにこ笑いながら、かあさんに連行されて行った。

静かになった部屋の窓に目をやると、黒い雲がこちらに向かって流れてくる。
雨が降るのかなぁ、と考えている内に
僕はぐっすり眠りこんでしまった。

どのくらい経っただろう。
僕は悲鳴のようなものが聞こえた気がして目を覚ました。
かすれる声でかあさんを呼ぶが応答がない。
僕はふらふらする足を踏みしめながら、ゆっくりと居間の方に行った。
はっと足を止める。
居間には見たこともない人たちが大勢いた。
黙々と何かの作業をしている。
「漣」
急に背後から腕を掴まれて、僕は悲鳴をあげそうになった。
とうさんだ。
今まで見たこともないような険しい顔がこわばって青ざめている。
「警察の人達だ。漣はこっちにおいで」
僕は両親の寝室に連れて行かれた。
そこにはかあさんがやつれた顔をして座っていた。
泣きはらしたように目が赤くなっている。
「かあさん・・どうしたの・・?」
不安で胃が締め付けられるような気がした。
「悠真が・・悠真が・・いなくなってしまったの・・」
絞り出すような声だった。
「漣、何も見ていないか?何も知らないよな?」
こんな切羽詰まったとうさんは見たこともない。
ふたりとも髪も服も濡れてぼさぼさだ。
どれほど長い事探し回ったのだろう・・。
「僕・・眠っていて、何も・・」
僕はとぎれとぎれにそう答えた。
とうさんはかあさんの肩を抱きしめた。
かあさんの嗚咽が指の間から漏れている。
僕も母さんの反対側の隣に座って、おでこを肩につけた。

嵐の雨と風が窓をがたがたと音を立てて鳴らしていた。

その夜は何の進展もないまま終わってしまった。
三日経ち、一週間経っても、悠真は見つからなかった。
両親がいない時にすっかり顔見知りになった、年配の森刑事さんが僕にぼやいた。
「あのいまいましい雨のせいだよ。
あの雨で目撃者はだれもいないし、警察犬も匂いを追えない。
遺留品だって流されただろう」
でも最後には必ず付け加えてくれた。
「それでも絶対見つけるからな」
近くの森を人海戦術で踏破し、幅一メートルもない膝までの川もさらい
下水道、怪しい地面までも探し回っても見たが
悠真の遺留品の欠片ひとつみつからない。

なにもないまま一か月が過ぎた。
警察も僕の友人たちも、近所の人達もみんな悠真の写真をもって
いろんなところを気にかけてくれていた。
しかし辛いのは、いわれのない憶測だ。
疲れ切って帰ってきたかあさんに、見失ったお前が悪い、
虐待していたのではないか
殺して埋めたのではないかなどど、平気で電話をしてくる。
その頃からかあさんの動きが止まった。
悠真の部屋の椅子に座り、幼稚園の鞄を抱きしめ
朝から晩まで過ごすようになった。
もう限界だろうと、子供の僕でさえも思っていた。
おい、悠真どこにいるんだよ。何をしているんだよ。
皆こんなに待っているんだぞ。
僕はにこにこしていた最後の悠真の笑顔を想っていた。

そろそろ煩わしい電話も少なくなってきた三カ月が過ぎた夕刻、
友人の涼が家に駆けこんできた。
「おい!漣!来てくれ!飛行機だ。飛行機がある!」
「飛行機?」
「ほら、漣が悠真君にあげたってやつあったじゃないか」
僕は涼と一緒に全力で走りだした。
裏手の神社のすぐ横の森だ。
優作がこっちを向いて所在無さげに立っている。
僕らを見つけると大きく手を振った。
涼が地面に落ちている飛行機を指さした。
「僕らが見つけた。すとんと音がしたんだ。
僕らが来てから誰も触ったりしないように、そのままにして優作に見張りを頼んだ。
これに間違いない?」
忘れもしない、あの赤と青の翼の色、それにYUUMAの名前の尾翼。
三か月も経つのに、色も鮮やかで少しも汚れていない。
知らずに涙が溢れた。
僕は声も無く大きく頷いた。
よし、警察に連絡しよう、と涼が僕の携帯で森刑事さんに電話をする。
十分もしない内に辺り一帯が封鎖され、森刑事さんが駆けつけてきた。

「すごいなぁ。君たちちゃんと踏み荒らしてしまわないようにしてくれたのか。
触ってもいないのか!大したものだ。これは凄い遺留品だ。
これで犯人が割り出せるかもしれない!」
森刑事さんも興奮気味だ。

その時、微かに何かが僕の頭をあげさせた。
「刑事さん!声が・・っ」
「ええっ!」
森刑事さんが両手で自分の口をふさいだ。
きょろきょろとすると大声でよばわった。
「おいっ!みんな静かにしろっ!」
辺りがしんと静まる。
鳥の声もしない。

「に・・ちゃ・・。にいちゃー・・・。」
「悠真だ!」
僕は叫んだ。
「悠真っ!悠真!!ここだ!にいちゃんだ!」
声が少し近くなる。
その声は皆にも届いた。
「にいちゃんっ!にいちゃーんっ!」
ふいに神社の木の間の空間から、子供の手が伸びてきた。
僕は急いでそれを掴んだ。
「ゆ・・うま・・」
手を引っ張ると、悠真の頭がでてきて、それから腰と足と出てきて
僕の頭上に悠真が現れた。
空気のように軽かった悠真の全身が現れると、途端にずんと重くなり
僕はその場に尻もちをついた。
だが僕は笑っていた。
悠真だ。悠真の香りがする。温みがする。
僕は声を立てて笑いながら泣いていた。
僕の背中を優作と涼がばしばしと叩いた。
ぽかんと口を開けてみていた森刑事さんたちは、
慌てて僕と悠真を取り囲んだ。
そして毛布持ってこーいとか
親御さんに連絡だーとか
医者だなんだと蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

直ぐにかあさんが転がるようにしてやってきた。
狂ったように悠真の名前を呼びながら、何度も抱きしめた。
僕も一緒にくちゃくちゃにされたが、まだ夢を見ているようだった。

一時間後、僕ら家族と涼と優作、森刑事さんと数名の刑事さんが僕の家の居間にいた。
森刑事さんは渋い顔をしている。
「鑑識の結果、あの飛行機には息子さんたちの指紋しかなかったです。
それからご安心ください。悠真君は怪我ひとつ傷ひとつなく、とても健康状態も良いです」
かあさんは悠真の髪を撫でながら、微笑んだ。
何て穏やかな微笑みだろう。三カ月ぶりの笑顔だ。
「無事に戻ってきてくれたのです。もうそれで充分です」
「それじゃあ事件にならないのだよなぁ・・」
もごもごと森刑事さんはつぶやいた。
「ねえ、悠真君。本当に何も思い出さないのかい?」
「うん。僕ね、広いお家に行ったの。それでご飯いっぱい食べさせてもらったよ。
でも誰もいなかったんだぁ」
ううん・・と森刑事さんはまた頭を抱えた。
「俺も見ちゃったんだよなぁ・・。悠真君が空中から出てくるの。こんなこと報告書に書けないしなぁ・・」
「じゃあ、悠真君。何か思い出したりしたらまた刑事さんに連絡してね?」
「はい!」
悠真が余所行きの良いお返事で答える。
森刑事さんがとうさんに握手をした。
「犯人確保に至らなくて、申し訳ない・・というべきでしょうな」
とうさんもにっこり笑った。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
玄関まで皆で刑事さんたちを見送った。
玄関で頭を下げた後、森刑事さんが少し考えるようにして言った。
「これじゃまるでおとぎ話か神隠し見たいですな・・。」
扉が閉まる寸前、後ろにいた若い刑事さんの声が聞こえた。
「神隠し、というよりマヨヒガみたいですよ」
「なに?それはどんな蛾なんだ?」

ゆっくり扉が閉まり、涼たちも帰ると母がのびのびとした声で言った。
「すっかり遅くなっちゃった。
先にお風呂入ってからご飯にしましょう!」


僕が着替えを出していると、悠真がちょこんと顔を出した。
「はい、これおにいちゃんに」
差し出されたものを手に取ると、十五センチくらいの何の変哲もない使いかけの鉛筆だった。
「これは・・どうしたの?」
悠真は考えながら話し出した。
「僕のいた所ね、なにかひとつ持って行かないと外に出られないんだって」
「それは誰が言ったの?」
悠真は困ったように眉を顰める。
「頭の中で聞こえたのかなぁ。ほんとに誰もいなかったの。でも毎日美味しいご飯もあったし
鶏や馬さんも可愛くて楽しかったけれど、僕は兄ちゃんがいないのが嫌だったの。
それで帰りたいなぁって思ったら、そう言われたの。
キラキラしたものもいっぱいあったけど、
僕この鉛筆がお兄ちゃんにいいなぁって思って持って来たんだぁ」
「ありがとう、悠真。兄ちゃん嬉しいよ。なにより悠真が戻ってきてくれて」
気付くとかあさんが戸口で涙を拭いている。
今度の涙は幸せの涙だね。
「昔のお話にね、マヨヒガからひとつだけ何か持ってくると
幸せになるっていうのよ」
「よかったぁ!じゃあ僕もにいちゃんも幸せになるんだね!」
かあさんが僕と悠真をまたぎゅっと抱きしめた。

夜久々にかあさんが美味しいご飯を作ってくれて
僕らは小さい頃みたいにとうさんとかあさんに挟まれて
安心してゆっくりと眠った。
とうさんとかあさんのベッドは、もう僕らにはちょっと狭いけれどね。

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