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君に捧ぐ歌 [創作]

いつもの通り夕方になると、僕の頭を撫でて彼は出かける。

部屋の空気が急に重くなった気がして、
しんとしたお部屋でお耳を澄ましていると
ひしひしと闇が迫ってくる気がする。

早く帰ってこないかな?
ずっと彼が出て行った扉を見つめていても、彼の笑顔は戻ってこない。

僕はまたこっそりとお外へと出かける。

大好きな野っ原を駆け抜けると
今まで大騒ぎしていたコオロギやスズムシが一斉に鳴き止んで
あちこちから飛び出してくる。
僕は少し愉快になって、
わざとがさがさと大きな音を立ててそこら中を走り回る。

空には静かな三日月。
ほんわかと野っ原を照らしている。

草の上に思いっきり手足を伸ばして寝転ぶと、
夜露が草の端《は》からきらきらと落ちてきた。
そのひとつひとつに三日月が映っている。
これをみんな拾って行けたらいいのになぁ。
そっと掬《すく》ってみても、
綺麗な球はその場で形を崩して僕の手を濡らすだけだった。

僕はがっかりして、そのまま寝転ぶ。
たちまちコオロギたちがまた賑やかに鳴き始めて、大合奏になる。
見上げた三日月は薄い雲に隠れて、野っ原が一瞬暗くなる。
すると今まで影の薄かった星が一斉にちかちか瞬《またた》き始めた。

「わぁ!綺麗だなぁ!」
あれが掴まえられたらいいのに。
思いっきり手を伸ばしても、僕の短い手は
おいでおいでと風で手招きしているススキの穂先までも届かない。

僕はしょんぼりとして立ち上がる。

もう一年前から僕は悩んでいた。
毎日毎日一生懸命考えた。

なのにもう『明日』なんだ。


彼は僕を選んで引き取ってくれた。

彼は僕の父親であり、母親であり親友だ。

暖かいお部屋と美味しいご飯と
何より心から慈しんで僕を大切にしてくれている。

僕のために夜もお仕事をしてくれ
僕を家族と言ってくれる。

どんなものも、どんな言葉も
僕の幸せな気持ち、彼を大切に想う気持ち、大好きだって言う気持ちも
相応《ふさわ》しくない気がしてくる。

世界一幸せだって言う事を、彼に伝えたいだけなのに。

僕はとぼとぼと家に戻って、濡れた体を拭いてベッドに潜り込む。

でもやっぱり眠れなくてむくりと起き出すと、
彼の机の上にあるクレヨンで、画用紙に彼のお顔を描いてゆく。

いっぱいいっぱい大好きの気持ちを込めて描く。
少しはみ出しちゃったけど、ちゃんと伝わるかな?。

本当は世界中のきらきらを全部あげても足りないんだけどな・・。

時間が経つのも忘れて、画用紙を埋め尽くしてゆく。
それを机の上の彼の目に付くところに置くと
やっと少し安心して、僕は眠りについた。

「ただいま。」
恐らく眠っている彼を起こさないように、青年は静かに扉を閉めた。

慣れない夜勤の仕事は辛いが、
それでもようやく自分の家に帰って来られるとホッとする。
直ぐにでも眠りたいが、食事もとらなくてはいけない。

ふとテーブルを見ると、画用紙が広げられている。
上にしたり横にしたり矯《た》めつ眇《すが》めつ眺めていると
ようやくこれは自分の顔だと気付いた。
その顔にかからないように、ぐねぐねと黒いのたくったものが囲んでいる。

「おやおや?これは驚いた。」
彼は嬉しそうに満面の微笑みを浮かべた。

その時眠っていた子がぱちりと目を開くと同時に、彼に跳びついてきた。

「おかえりなさい!」

「起こしてしまったね。ただいま。
これは君が描いたの?素敵だね」

「うん!おたんじょうびおめでとうなの!」

青年はびっくりした顔でそうだったね、とつぶやいた。
「ありがとう。すっかり忘れていたよ。よく覚えていたね」
所で、このお顔の周りは何だい?」

ええとね・・。
ちょっと下を向くと恥ずかしそうに彼は答えた。
「おとうさん おかあさん おたんじょうびおめでとう
ずっとずうっとだいすきだよ いつもいつまでも親友だよって書いたんだあ」


青年は彼をぎゅっと抱きしめると
彼が安心して静かに寝息を立てるまで、
愛おし気にいつまでも優しく背を撫で続けていた。




ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

お久しぶりです。
今年もお誕生日企画で書かせていただきました。
年を追うごとに、感性が悪くなってしまうのを感じます。

少しでもあなたが笑顔でありますように。
少しでもあなたに幸せがありますように。
いつまでも自称友人の僕からのささやかな贈り物です。

生まれてきてくださったことに、心より感謝して。

お誕生日 おめでとうございます!


2022年11月5日    takehiko









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「純真」今どこにいますか?(エブリスタ)コンテスト参加 2021.11.14 [投稿作品(エブリスタ)]

悠真。
僕の四つ下の弟。
君は何処にいるんだい?
甘えんぼでいつも僕の後ろを着いてきた。
必ず僕は君を見つける。
僕は君のたったひとりのおにいちゃんだもの。



ひやりとしたタオルがおでこに乗せられて、僕は目を開けた。
「漣、2日間も熱が高かったのよ」
かあさんが僕の頭を持ち上げて、冷たい水枕を差し入れてくれた。
「喉が渇いたでしょう」
傍にあった吸い口の水をゆっくり飲ませてもらう。
ああ‥美味しい・・。
カラカラだった喉がようやく癒された。
「悠真にも言ったけど、こちらには来させないでね、うつってしまうから」
僕は頷いた。

当の悠真がちょこんと扉から頭を出している。
かあさんが立ち上がるとその頭は急いでひっこんだ。
かあさんの姿が消えると悠真がそろりそろりと僕の横に立つ。
「駄目だよ、悠真。うつってしまうからね」
僕は布団を目の下まで引き上げるとそう言った。
悠真は少しもじもじしていたが
「ねぇ、にいちゃん」と話しかけてきた。
「僕のお誕生日のプレゼント、先でいいからね?」
僕はしまったと声をあげた。
「ごめん。今日だったよね」
悠真は一生懸命な顔をして僕に言った。
「あのね、かあさんがね、にいちゃんが良くなったらちゃんとやろうって。
僕もにいちゃんと一緒がいいもん」
「悠真。僕の机の一番下の紙袋を取ってきてくれるかい?」
「うん」
悠真は走っていって、慎重に紙袋を持ってきた。
僕は手だけだしてそれを受け取ると、またそのまま悠真に渡した。
「包んでいなくてごめんね。お誕生日おめでとう」
悠真はそっと紙袋の口を開く。
途端に目がきらきらして跳び上がった。
「覚えていてくれたんだね!やったあ!ゴムの飛行機!にいちゃんのだ!」
これは以前僕が工作の時に割りばしとはがきで作った、ゴムで飛ばす飛行機だ。
持って帰ったら、悠真が凄く欲しがったので
お誕生日にあげるよと言ったんだ。
「僕のじゃないよ、それは悠真のだ」
新たに作り直して、赤と青に色分けして塗って、尾翼の所にYUUMAとローマ字で入れたんだ。
「悠真の名前入りの、悠真の飛行機だからね。
僕の風邪が治ったら一緒に公園にあげに行こうね」
悠真が歓声を上げる。
バンと扉が開いてかあさんが大きな声で叫んだ。
「こらーーーっ!!!
にいちゃんところ行っちゃだめって言ったでしょう!」
悠真はにこにこ笑いながら、かあさんに連行されて行った。

静かになった部屋の窓に目をやると、黒い雲がこちらに向かって流れてくる。
雨が降るのかなぁ、と考えている内に
僕はぐっすり眠りこんでしまった。

どのくらい経っただろう。
僕は悲鳴のようなものが聞こえた気がして目を覚ました。
かすれる声でかあさんを呼ぶが応答がない。
僕はふらふらする足を踏みしめながら、ゆっくりと居間の方に行った。
はっと足を止める。
居間には見たこともない人たちが大勢いた。
黙々と何かの作業をしている。
「漣」
急に背後から腕を掴まれて、僕は悲鳴をあげそうになった。
とうさんだ。
今まで見たこともないような険しい顔がこわばって青ざめている。
「警察の人達だ。漣はこっちにおいで」
僕は両親の寝室に連れて行かれた。
そこにはかあさんがやつれた顔をして座っていた。
泣きはらしたように目が赤くなっている。
「かあさん・・どうしたの・・?」
不安で胃が締め付けられるような気がした。
「悠真が・・悠真が・・いなくなってしまったの・・」
絞り出すような声だった。
「漣、何も見ていないか?何も知らないよな?」
こんな切羽詰まったとうさんは見たこともない。
ふたりとも髪も服も濡れてぼさぼさだ。
どれほど長い事探し回ったのだろう・・。
「僕・・眠っていて、何も・・」
僕はとぎれとぎれにそう答えた。
とうさんはかあさんの肩を抱きしめた。
かあさんの嗚咽が指の間から漏れている。
僕も母さんの反対側の隣に座って、おでこを肩につけた。

嵐の雨と風が窓をがたがたと音を立てて鳴らしていた。

その夜は何の進展もないまま終わってしまった。
三日経ち、一週間経っても、悠真は見つからなかった。
両親がいない時にすっかり顔見知りになった、年配の森刑事さんが僕にぼやいた。
「あのいまいましい雨のせいだよ。
あの雨で目撃者はだれもいないし、警察犬も匂いを追えない。
遺留品だって流されただろう」
でも最後には必ず付け加えてくれた。
「それでも絶対見つけるからな」
近くの森を人海戦術で踏破し、幅一メートルもない膝までの川もさらい
下水道、怪しい地面までも探し回っても見たが
悠真の遺留品の欠片ひとつみつからない。

なにもないまま一か月が過ぎた。
警察も僕の友人たちも、近所の人達もみんな悠真の写真をもって
いろんなところを気にかけてくれていた。
しかし辛いのは、いわれのない憶測だ。
疲れ切って帰ってきたかあさんに、見失ったお前が悪い、
虐待していたのではないか
殺して埋めたのではないかなどど、平気で電話をしてくる。
その頃からかあさんの動きが止まった。
悠真の部屋の椅子に座り、幼稚園の鞄を抱きしめ
朝から晩まで過ごすようになった。
もう限界だろうと、子供の僕でさえも思っていた。
おい、悠真どこにいるんだよ。何をしているんだよ。
皆こんなに待っているんだぞ。
僕はにこにこしていた最後の悠真の笑顔を想っていた。

そろそろ煩わしい電話も少なくなってきた三カ月が過ぎた夕刻、
友人の涼が家に駆けこんできた。
「おい!漣!来てくれ!飛行機だ。飛行機がある!」
「飛行機?」
「ほら、漣が悠真君にあげたってやつあったじゃないか」
僕は涼と一緒に全力で走りだした。
裏手の神社のすぐ横の森だ。
優作がこっちを向いて所在無さげに立っている。
僕らを見つけると大きく手を振った。
涼が地面に落ちている飛行機を指さした。
「僕らが見つけた。すとんと音がしたんだ。
僕らが来てから誰も触ったりしないように、そのままにして優作に見張りを頼んだ。
これに間違いない?」
忘れもしない、あの赤と青の翼の色、それにYUUMAの名前の尾翼。
三か月も経つのに、色も鮮やかで少しも汚れていない。
知らずに涙が溢れた。
僕は声も無く大きく頷いた。
よし、警察に連絡しよう、と涼が僕の携帯で森刑事さんに電話をする。
十分もしない内に辺り一帯が封鎖され、森刑事さんが駆けつけてきた。

「すごいなぁ。君たちちゃんと踏み荒らしてしまわないようにしてくれたのか。
触ってもいないのか!大したものだ。これは凄い遺留品だ。
これで犯人が割り出せるかもしれない!」
森刑事さんも興奮気味だ。

その時、微かに何かが僕の頭をあげさせた。
「刑事さん!声が・・っ」
「ええっ!」
森刑事さんが両手で自分の口をふさいだ。
きょろきょろとすると大声でよばわった。
「おいっ!みんな静かにしろっ!」
辺りがしんと静まる。
鳥の声もしない。

「に・・ちゃ・・。にいちゃー・・・。」
「悠真だ!」
僕は叫んだ。
「悠真っ!悠真!!ここだ!にいちゃんだ!」
声が少し近くなる。
その声は皆にも届いた。
「にいちゃんっ!にいちゃーんっ!」
ふいに神社の木の間の空間から、子供の手が伸びてきた。
僕は急いでそれを掴んだ。
「ゆ・・うま・・」
手を引っ張ると、悠真の頭がでてきて、それから腰と足と出てきて
僕の頭上に悠真が現れた。
空気のように軽かった悠真の全身が現れると、途端にずんと重くなり
僕はその場に尻もちをついた。
だが僕は笑っていた。
悠真だ。悠真の香りがする。温みがする。
僕は声を立てて笑いながら泣いていた。
僕の背中を優作と涼がばしばしと叩いた。
ぽかんと口を開けてみていた森刑事さんたちは、
慌てて僕と悠真を取り囲んだ。
そして毛布持ってこーいとか
親御さんに連絡だーとか
医者だなんだと蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

直ぐにかあさんが転がるようにしてやってきた。
狂ったように悠真の名前を呼びながら、何度も抱きしめた。
僕も一緒にくちゃくちゃにされたが、まだ夢を見ているようだった。

一時間後、僕ら家族と涼と優作、森刑事さんと数名の刑事さんが僕の家の居間にいた。
森刑事さんは渋い顔をしている。
「鑑識の結果、あの飛行機には息子さんたちの指紋しかなかったです。
それからご安心ください。悠真君は怪我ひとつ傷ひとつなく、とても健康状態も良いです」
かあさんは悠真の髪を撫でながら、微笑んだ。
何て穏やかな微笑みだろう。三カ月ぶりの笑顔だ。
「無事に戻ってきてくれたのです。もうそれで充分です」
「それじゃあ事件にならないのだよなぁ・・」
もごもごと森刑事さんはつぶやいた。
「ねえ、悠真君。本当に何も思い出さないのかい?」
「うん。僕ね、広いお家に行ったの。それでご飯いっぱい食べさせてもらったよ。
でも誰もいなかったんだぁ」
ううん・・と森刑事さんはまた頭を抱えた。
「俺も見ちゃったんだよなぁ・・。悠真君が空中から出てくるの。こんなこと報告書に書けないしなぁ・・」
「じゃあ、悠真君。何か思い出したりしたらまた刑事さんに連絡してね?」
「はい!」
悠真が余所行きの良いお返事で答える。
森刑事さんがとうさんに握手をした。
「犯人確保に至らなくて、申し訳ない・・というべきでしょうな」
とうさんもにっこり笑った。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
玄関まで皆で刑事さんたちを見送った。
玄関で頭を下げた後、森刑事さんが少し考えるようにして言った。
「これじゃまるでおとぎ話か神隠し見たいですな・・。」
扉が閉まる寸前、後ろにいた若い刑事さんの声が聞こえた。
「神隠し、というよりマヨヒガみたいですよ」
「なに?それはどんな蛾なんだ?」

ゆっくり扉が閉まり、涼たちも帰ると母がのびのびとした声で言った。
「すっかり遅くなっちゃった。
先にお風呂入ってからご飯にしましょう!」


僕が着替えを出していると、悠真がちょこんと顔を出した。
「はい、これおにいちゃんに」
差し出されたものを手に取ると、十五センチくらいの何の変哲もない使いかけの鉛筆だった。
「これは・・どうしたの?」
悠真は考えながら話し出した。
「僕のいた所ね、なにかひとつ持って行かないと外に出られないんだって」
「それは誰が言ったの?」
悠真は困ったように眉を顰める。
「頭の中で聞こえたのかなぁ。ほんとに誰もいなかったの。でも毎日美味しいご飯もあったし
鶏や馬さんも可愛くて楽しかったけれど、僕は兄ちゃんがいないのが嫌だったの。
それで帰りたいなぁって思ったら、そう言われたの。
キラキラしたものもいっぱいあったけど、
僕この鉛筆がお兄ちゃんにいいなぁって思って持って来たんだぁ」
「ありがとう、悠真。兄ちゃん嬉しいよ。なにより悠真が戻ってきてくれて」
気付くとかあさんが戸口で涙を拭いている。
今度の涙は幸せの涙だね。
「昔のお話にね、マヨヒガからひとつだけ何か持ってくると
幸せになるっていうのよ」
「よかったぁ!じゃあ僕もにいちゃんも幸せになるんだね!」
かあさんが僕と悠真をまたぎゅっと抱きしめた。

夜久々にかあさんが美味しいご飯を作ってくれて
僕らは小さい頃みたいにとうさんとかあさんに挟まれて
安心してゆっくりと眠った。
とうさんとかあさんのベッドは、もう僕らにはちょっと狭いけれどね。

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Xephonさんへの手紙 [創作]

僕らが出会ったのは、やはりここだった。
イェルクシェ君は僕に元気に挨拶をしてくれたね。
あれからもう15年も経ってしまった。

友情を育むのに時間はさして関係ないのかもしれないが
僕は毎日毎日君と語り合って
その稀有なる魂に触れるごとに、驚嘆と尊敬を持つようになっていった。
君ほど物事を深く突き詰め、純粋なまでに真っ直ぐな人間を知らなかった。
君ほど美しいものを見分ける力の強いものも、僕は知らなかった。

君と語り合う事で、どれほど僕は贅沢な時間を過ごさせてもらったんだろう。
そして、楽しい時には共に大笑いし
辛い時には共に悩み苦しみ
悲しい時には一緒に悲しんでくれたね。
君のすごいところは、真摯に相手に向き合い受け入れてくれたことだ。
自分の親でさえ出来なかった、僕自身をそのまま受け入れてくれたことは
どれほど僕を勇気づけ、どれほど僕を救ってくれた事だろう。
僕は僕のままでいいんだと、初めて僕は踏ん張ることが出来たんだ。

これほど長く一緒にいると、改めて言う事も少なくなってしまうが
いつも本当にありがとう。
君が僕にくれた言葉の半分にも満たないかもしれないが
僕も君に言おう。

どうか君は君のままでいてください。
怒っている君も、悲しんでいる君も、大笑いして子供のように転げまわっている君も
僕は素晴らしいと思うんだ。
それは磨かれた宝石のように、周りに美しい虹をつくる。
その虹を羅針盤にして、僕は今日も君と語らおう。

美しい四季も、香る花の便りも、美味しかった料理の話も
心躍る冒険譚も
この先ずっとずっと、君と一緒に分かち合い、歩いてゆきたい。

15年分の感謝と、15年分の尊敬を込めて。
親愛なるXephonさまに。

お誕生日おめでとうございます

令和元年 霜月五日   武彦

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12月26日 リヴリー終焉 [雑記]

令和元年 

今年は平成から令和に年号も代わりました。
令月にして風やわらぐあらたしき年の名の割には
大雨やら台風やら、厄災の立て続けに起こる年の始まりとなりました。

今年中にまた大好きだった場所が消えてゆきます。

15年、毎日通ったリヴリーアイランド。
僕にとっては、初めてのネットでもあり
そこで沢山の人と関わり、多くを学ばせていただき
泣いたり笑ったり、怒ったり感動したり
贅沢な時間を過ごさせてもらいました。

病で生死を彷徨った時でさえ、僕はこの愛らしい僕の分身を想っていました。
ベッドで目覚めた時も、彼は僕の枕元で泣きながら見守っていてくれました。
僕の頬に寄せられた羽の感触、固いくちばしのあったかさ、涙の熱さ
今でもずっと残っています。
その彼が僕より先に長い眠りにつくなんて、考えるだけでも辛い。
永遠なんてあるもんじゃない、と思っていましたが
何故だろう、彼だけは僕の永遠だった気がします。

彼は僕の中の「ヨキココロ」でした。

彼がいなくなってしまう事で、僕の中にまたヨキココロが戻るのだろうか?
いやいや・・。
僕はきっと何かを成す時、僕の中の彼に問うだろう。
「ノドくん、君はどう考えるんだい?」
ノドくんは、もう15年をかけて、僕のヨキココロから
「ノドくん」というひとつの魂になってしまっているんだと思う。

やはり君は永遠なんだと思う。
僕が生きている限り、君の魂は僕の大事な居場所にずっといつづける。
亡くなった大事な人たちと共に、その場所から僕と共に生きて行くんだ。

もう泣くのはやめよう。
君は僕の事大好きでいてくれた。
僕も君の事が大好きだ。
その事実は、僕らをどんな障害も乗り越えて行くはずだ。
僕は君を忘れることはない。
だって君を思い出になんかしないから。
僕らはずっと一緒だ、僕が生きている限り永遠に。

いつか僕が死んだら、一緒に同じ川を渡ろう。
そして沢山の僕らの友人たちの護りとなろう。

ずっとずっと一緒にいようね。
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小説 中編 『嵐のあと』 [創作]

ぽきん。
足元で枯れた枝を踏み折ったようだ。

どのくらい歩いていただろうか。
いつから歩いていただろうか。
心の中がざわざわして足を止めた。
僕はどこに行こうとしていたんだっけ。

左右を見渡しても上を見ても、白く厚い霧に覆われていて
足元すら白い靄でよく見えない。

ぶるっと身震いがしたが、寒いわけではない。
まるで体温と同じ温度のミルクに、心地よく浮いているような気分になる。
きっとおかあさんのお腹の中って、こんななんだろうな・・と考えて
おかあさんの顔を思い浮かべようとして何も思いだせず
ひどく疲れてしまって、考えることをやめた。

事の異常さで、心のどこかで警報がなっているのだが
夢かな・・と思うと、もう考えることも止めてしまった。

ひたすら疲れない足を前に進め、歩いてゆく。
「ねえ、どこに向かっているの?」
耳元で聞こえたのか、自分が考えたのか分からなかったが答えが口をついた。
「この先にゆくんだよ。」
「この先に何があるの?」
体の左側に微かな空気のゆらめきを感じ、横を向くと、
触れるか触れないかの近さで若い女性が、歩幅を合わせて歩いていた。
「僕は・・知らない。君は?」
「私も知らないわ。」
若い女性は親し気な笑顔で顔を覗き込んできた。
「やっぱり男前ね。私が解る?」
眼を閉じて思い出そうとして、また頭が痛くなって首を振った。
「ごめん。君の事おぼえていないや。」
まぁ・・。若い女性は大きくため息をついて、芝居じみて肩をすくめてみせた。
「仕方ないけど・・なんか悔しいものね。」
そしてくすくすと笑った。
「こっちを向いて頂戴。」
僕の前に立って道を遮ると、顔に両手を伸ばしてきた。
避けようか悩んでいる間に、彼女は少し背伸びをして頬に触れていた。
その手はやわらかく細くてひんやりしていた。

「あなたが覚えていなくても、私は覚えているわ。ずっと、ずっとね。」

眩暈を感じて目を閉じた。

「さあ、戻りなさい。あなたの時間はまだきていないわ。」
そう言うと、とんと肩を押されて僕はよろめいた。
慌てて目を開く。
霧に煙る林が宙に浮いていて、先ほどの女性がその縁で微笑んでいた。
「またね。いつもそばにいるからね?幸せになってね?」

落ちながら僕は泣いていた。
落ちながら思い出したのだ。あの顔は・・昔写真で見たんだ・・。
若い頃の・・女学生の頃のばあちゃんだ・・。
「ば、あ、ちゃん・・。ばあちゃんっ!ばあちゃーんっ!!」




ひどい痛みで叫びながら目を開いた。
「気が付いたぞ!男性救助!」
目の前でオレンジの救護隊が走り回り、赤色灯がくるくるあたりを点滅させている。
直ぐに酸素マスクがつけられタンカが持ち上げられた。
周りの景色が見える。
耳にはいったのは、機械の喧騒をついて叩きつける雨の音。
その雨に煙る中、
目を疑う光景が、いろんな方向からあてられた強いライトに浮かび上がる。
住宅街の裏の山が崩れて、ピンポイントで住み慣れた家を押しつぶしていた。
今見えるのは土にうずもれた、二階の屋根の一部だけだ。
救助隊が掘り起こしてくれて、自分を救出してくれたのだと気付く。

そうだ、ばあちゃんと夕食を食べていて
・・僕はさっさと二階にあがって、うとうとしていたんだった。
あがるまえに振り向くと、ばあちゃんがよっこらせと立ち上がって、
食事の洗い物をしていた。

ばあちゃんは・・?

寝かされていたところにシートが敷かれ、
雨よけにもなっていない簡易なテントが見えた。
僕が寝かされていた隣に、青いシートがかけられているふくらみがひとつあった。
他に誰も人がいない。
折からの強風にあおられて、ばたばたとばたつくシートから覗いたすき間に、
小さな手が出ていて黒い紙がくくりつけてあった。
『ばあちゃん・・・ばあちゃんだ・・待ってくれ・・そこにまだばあちゃんが・・』
必死にもがいても、体も声も縛られたように動かせなかった。
「僕はいいから、先にばあちゃんを助けてやってくれよーーうっ!!」
救急車の扉が締められ、サイレンが雨のしじまを縫って響き渡る。


明るい日差しが病室を柔らかく照らしている。
昨夜の嵐が夢のようだ。
体中が痛みと傷で腫れあがっても、
僕は現実感が感じられず、白い天井だけを見つめていた。
警察が来て祖母の悔みと、家は全壊したこと、
僕が生きていたことは奇跡だと告げて帰っていった。

幼い頃から走り回って虫取りをしていた裏の山が
大雨で崩れて襲い掛かってきたらしい。
大量の土砂と木が、すべるように二階にのしかかり
夏休みの宿題の工作のように、軽々と一階を潰した。
僕は二階の窓側にいたのと、ベッドとマットに挟まれたまま土に流されて
比較的浅い位置から見つかったらしい。
僕はそれだけ聞くとたまらずに、医師も看護師も止めるのも聞かず
点滴を自分で外し、病院を飛び出した。

この場所は僕が十年間ばあちゃんと暮らした場所だ。
その景色が一変していた。

父と母は十年前、夜中に喘息発作のおこした妹を病院へ連れて行った。
僕は八つだった。
寝ぼけまなこで、ひとり暮らしのこのばあちゃんちへ預けられた。

ちぇーっ・・と思ったんだ。
可愛い妹ばかりをちやほやして僕はおいてきぼりかよ、と。
その帰り道の事故だった。
居眠りのトラックに正面から追突され、乗っていたものは全員即死だった。
何もかもが変わったんだ、その時。
自分が持っているすべてを何もかも奪われたと思った。
楽しかった時間も、家も両親も・・。

世界は終わったと思ったんだ。
ばあちゃんを困らせて、泣かせたこともある。
「ばあちゃん・・ごめんよ・・。僕・・。」

僕は死神みたいだ。周りに死をもたらすしかない死神みたいだ。
山に沈んだ家のこんもりとした塊の前で、僕はへたり込んだ
涙すらでてこなかった。

見上げると、崩れた山の向こうの視界が開けて見える。
昨日の嵐に洗われたようなぴかぴかの青空に、
真っ白い雲が大急ぎで流れて行く。
自分が生きて来た十八年間すべてが、また音を立てて崩れ去り
飛び去ってゆく気持ちがした。

すかすかで、からっぽの僕。

想い出のつまったこの場所すら、この地上からなくなったんだ。
僕を産んでくれた両親。育ててくれたばあちゃん。
そんなわずかな記憶の形でさえ、僕にはもうないのだ。
この世界で僕はなんて孤独なんだろう。
僕のことを知らないモノばかりの世界で、
僕は本当に生きているのだろうか。

生きていていいのだろうか・・。


こんもりした瓦礫に目を落とすと、目の端に何か赤いものが動いた。
人か・・?
誰もいないと思って、火事場泥棒よろしく金目のものを物色しに来たのかもしれない。
こぶしを握り締めると、立ち上がってその人影をにらみつけた。
しばらく見ていると・・
・・あれ?女の子だ・・?
茶色系の制服らしきものの上に、赤いカーディガンを羽織っている。
こちらに気づいたらしく、手を振りながら走ってくる。

それが突然ふっと視界から消えて、僕は驚いて二、三歩前に足を踏み出した。
・・なんだ・・何かにつまづいて転んだらしい。
転んだまま少し足元をごそごそ探っていたが、
再び起き上がるとまたこちらに走ってきた。

「わぁー!すごいね!本当に生きているんだね!」
そう言うと、走ってきた勢いでどん、と腕を背に回わし思い切り抱きしめた。
思わずうっ・・と声が漏れる。激痛が足から頭のてっぺんまで貫いた。
「あっ・・ごめんごめん。つい・・。」
少女はぱっと手を放し、にこにこと見つめた。
中学生くらいだろうか、髪の毛は三つ編みにしてひとつに結ばれていた。
小柄で白い顔、決して細くはない弓型の眉が優しい曲線を描いていた。

「君・・だれ?何してるの、ここで?」
ようやく口をついたのはその言葉であった。
少女はむぅーと口を尖らせた。
「なに解らないの?私は直ぐに解ったのに!」
そして一字一句はっきりと言った。

「やだなぁ・・。お・に・い・ちゃんっ!」

僕は何度か口を開いて閉じる、という動作を繰り返した。
しばらくしてようやく声が出た。
「ア・・スカ・・なの・・・?」
少女は下からねめあげるようにして片目を瞑ると、
親指を立ててイエィ!とほほ笑んだ。


あの時アスカは思ったよりも重症な喘息と診断され、入院させられたのだ。
その準備と、預けた僕を迎えに行くために、
車を走らせていた時の事故だったのだ。
そのあとすぐに、アスカは子供を望んでいた遠い親戚の養女となった。
ばあちゃんは、兄妹がばらばらになることを最後まで反対したが
養父母は欲しいのは可愛い女の子、だったのだ。
しかも条件は、アスカに悲しいことを思い出せたくないので
今後一切こちらとは縁を切りたい、会えば混乱して懐かなくなるかもしれない
決して会わないでくれ、というものだった。
夫は働き盛りに病で亡くなり、
自分も持病を持っていて、いつどうなるかもわからぬばあちゃんは
この条件を結局飲むしかなかった。

『アスカもいなくなるの?』
僕はまだその時のばあちゃんの涙を覚えている。
『ごめんねぇ。ばあちゃんが元気ならずっとみんな一緒に暮らせたのになぁ』
ばあちゃんは僕にすがるように、
小さな身をもっと小さく縮めて、声を上げて子供のように泣きじゃくった。
ばあちゃんは頼りにしていたひとり息子と、その嫁と、
目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫娘とを
いっぺんにうしなったのだ。
『リョウタはばあちゃんと一緒に暮らそうねぇ。』
僕が大きく頷くと、ばあちゃんは涙を拭いて僕の手をぎゅっと握ったんだ。
『いつも一緒にいるからね?幸せになろうね?』


「おにいちゃん、聞いて?」
僕は別れてから一度もあったことのない妹に、昔の面影を探した。
でも浮かぶのはおかっぱ頭とくりくりした大きな目だけだ。
「お兄ちゃんには内緒にしていたけれど、私おばあちゃんと会っていたの。」
「えっ!?」
「勿論育ててくれた両親にも内緒。」
うふふ。とアスカはちょっとずるそうに笑って、口元に手を当てた。
「両親は小さい私は騙せてると思っていたでしょうけれど、甘い、甘い。
私が本当のおとうさんや、おかあさんや、
お兄ちゃんを忘れるわけないじゃん。」

僕も覚えてはいるが、
アスカの幸せのため・・というあちらの言い分を守って
子供心にも、アスカはもういないものとしていた。
勿論会いたいな、と思うことはあった。
元気でいるのかな?
もう小学校入っているな。
友達いっぱいできているかな?
泣いたりしていないかな・・?
季節ごとに思ったりしていたが、
会いに行く、という選択肢は僕の中にはなかった。

「両親には言わなかったけど、
大人になったら、絶対私お兄ちゃんのところに行くんだって決めてた。」
「私、もらわれっ子ってことはずっと解っていたわ。
父も母もすごく私に気を遣っていたの。
大事にもしてもらってる。
だから私はずっといい子をしていた。
でもすごく、おにいちゃんやおばあちゃんに会いたくてたまらなかった。」
アスカは真剣な顔をした。
「お友達の家にお泊りする時があってね?
一日多く嘘を言って、私おばあちゃんのところに来たの。
おばあちゃんはびっくりしたけど、
直ぐに顔を見て私だって解ってくれて、すごく喜んでくれた。
おばちゃんが心臓悪かったの、お兄ちゃん知ってた?」
僕は頷いた。
「でもいつも大丈夫だよ、って言ってたよ。」
「うん。私にもそう言ってた。
でもそれから何度もコッソリ会うようになってね?
おばあちゃんと話し合ったの。
その時におばあちゃんが、もし自分に何かあったら、
おにいちゃんを助けてほしいって。」
アスカが肩から斜めにかけた大きめのポーチから、大事そうに手紙を取り出した。
宛名に大きく『リョウタくんへ』と書いてある。
ばあちゃんの字だ。僕はそっと封をひらいた。



リョウタくんへ。

これを読んでいるという事は、きっとばあちゃんはもういないんだろうね。
アスカちゃんは素敵な娘さんになっていて、
リョウタくんのビックリのお顔が見られないのが残念です。
銀行にばあちゃんの実印と大事な書類、遺言書を預けてあります。
じいちゃんはあなたたち二人が、
二十歳になるまで困らないだけの資産を残してくれました。
それにリョウタくんとアスカちゃんのお父さんお母さんのお金もあります。
学費も生活費も、なんでもここから出してください。
アスカちゃんはあちらのおとうさんおかあさんに、
とても大事にしてもらっているようなので
ばあちゃんは心配はしていないですが、
リョウタくんはひとりぼっちになってしまいます。
ばあちゃんがいなくなったら、どうぞリョウタくんが寂しくないように
アスカちゃんは、沢山相談にのってあげてください。
たった二人きりの兄妹なのですから。

あなたたちに会えたことは、じいちゃんのところにお嫁入した事とおんなじくらい
ばあちゃんはしあわせだったですよ。
だからどうか、リョウタくん、アスカちゃん。
いっぱいしあわせになってください。
本当にたくさんありがとうね。
健康で元気でいてね?

ばあちゃんより




「僕は・・」
喉の底から声が絞り出すようにでた。
「僕は・・こんなの・・いらない。」
手紙を持つ手ががくがくと震えた。
その手をそっとアスカが握ってくれた。
「こんなのいらない・・。僕は・・ばあちゃんがいてくれたほうが・・ずっと・・。」
うんうん。とアスカが頷いた。
「そうだね。そうだね。」
混乱して焦点の合わない視界に、アスカの大きな瞳が潤んでいるのだけが見えた。

「僕は空っぽだ。もうなんにもないんだ。」
「おにいちゃん。大丈夫だよ。
おにいちゃんは空っぽなんかじゃないよ?。私がいるもの。
私と一緒にゆこう?一緒に暮らそうよ。お母さんたちだって解ってくれるよ。」
踏ん張っている大地がふいに消えたような気がして、
僕はぺったりとその場にへたり込んだ。
「なんにも僕にはなくなっちゃったんだ。
僕と一緒に生きていた人たち、住んでいた場所、想い出の場所もなんにもない・・。」
「おにいちゃん、おにいちゃん。
おにいちゃんは今生きているよ?
おにいちゃんはみんな覚えているのでしょう?
覚えていればなんにもなくならないよ?
それにこれからは私が一緒だから、その分だんだん増えてゆくんだよ?
楽しいことも辛いことも、みんなまとめて二人で積み重ねてゆこうよ。」

アスカは僕の頭をぎゅうっと抱きしめた。
「おにいちゃんはひとりなんかじゃないからね?」
頭の上でその声が優しく響いた。

ようやく僕の眼に涙が溢れた。
胸につかえていた固く大きいものが流れ出したのだ。
ばあちゃんの手紙を握りしめ、声をあげて泣いた。
僕が泣き止んで静かになるまで、アスカは忍耐強く僕の頭を、
優しくぽんぽんと手のひらで叩いて、落ち着かせようとしていた。
アスカの幼いながらの懸命の優しさが身に沁みて、
余計僕は涙を止めるのが難しかったが・・。


銀行には思った以上の貯えがあり、
名義も僕にすでに変えられており、
煩雑な書類の手続きもさしてすることもなく
ばあちゃんの保険金だけでも充分葬儀も、
小さいながらもアパートも借りることができた。

一緒に暮らせないと解るとアスカはかなりごねたが、
自分の事で、今までアスカと養父母たちが築いてきたものを壊すのは不本意だった。
「高校はもうすぐ卒業だし、
大学に行くお金も、もうばあちゃん用意してくれていたんだ。」
ばあちゃんの四十九日の法要で集まった時、
参列してくれたアスカとその養父母の前で、これからの事をきちんと話をした。

葬儀の時、びっくりするほど沢山の数の参列者をぬって
この養父母から声をかけられた。
「あなたを引き取れなかった事、
ずっとあなたにもおばあさまにも申し訳なく思っていたのよ。」
「でもおばあさまに、私たちはアスカちゃんだけでも元気に幸せに過ごしてゆけるのなら
それがありがたいのですよ。」と言われてね・・。

僕は頭を下げた。
それだけ聞けば、もう僕は充分だと思えた。
「僕とばあちゃんとの日々は、とても豊かでした。
僕は本当に幸せでした。
長い間アスカを大切にしてくださって、ばあちゃんも感謝しています。」
それを聞くと、養母はぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「大きなおばあさまでしたね・・。」

ばあちゃんは銀行の金庫に、自分の葬儀用の写真までちゃっかり入れてあった。
僕が夏休みに撮ったものだ。
ご近所の人達も手伝ってくれたが、
何もかも土に埋まった家から取り出せたものは、
二階に置いてあった僅かなアルバムの写真と
僕の学用品と数冊の本だけだった。

それからも学校の友達や先生や、近所のばあちゃんのお友達やら
沢山の人が関わって、いろんな面で助けの手を伸ばしてくれた。
『有難いねぇ』というばあちゃんの口癖が身に沁みた。
養父母も一緒に住むかい?と言ってくれはしたが、僕は丁寧に辞退した。
直ぐに働く事も考えたが、ばあちゃんが貯めていてくれたお金に甘えて
大学に行って、専門職を手に付けたらきっと将来長く役に立つと思えた。
今度は僕が誰のためになにか手伝える仕事がいい。
自分への未来投資だ。
これならばあちゃんも喜んでくれると信じる。

引っ越しの片づけを終えながら考える。

幸、不幸とはなんだろう。
僕は人生にたくさんのものを奪われた。
奪われてゆくものばかりが大事なものだと感じていた。
でも喪うたびに、僕は新しい物与えられていたんだ。

両親の代わりにばあちゃん。ばあちゃんの代わりにアスカ。
勿論それは、喪ったものの代わりにはならないことは解ってはいる。
その絆は、たったひとつ唯一のものだ。

でも僕が生きている限り、この絆はもっと増えてゆくだろう。
それにその喪われた絆も、消滅するわけじゃない。
僕の中に残って積み上げられて、
その上に地層のように重なり合って降り積もるんだ。

手元のスマホがちかちかとライトを点滅させていた。
ラインが来ていたらしい。

アスカだ。

開くと元気なスタンプと共に、近況を知らせてきていた。
このスマホも、養父母たちがアスカの連絡用にと買ってくれたものだ。
有難く使わせていただく。
まだ自立するには未熟者な僕だが、
いつかきっと僕を必要としてくれる人がいるはずだ。

それまでばあちゃん、踏ん張ってみるよ。

僕は久しぶりのちょっぴり笑顔で、
箪笥の上に鎮座している、大笑いしたばあちゃんの写真と、
その横の小さな家族写真に手を合わした。




「シズさん。」

忘れもしない懐かしい声だった。
「ただいま。マコトさん。」
にこにこと昔のままの優しい笑顔で、夫はこちらを見ている。
「よくがんばったね?お疲れ様。」
彼女の頬に少女のような赤味と笑顔がこぼれた。
「長い事お待たせしてしまいましたね。寂しい思いをされておりましたか?」
マコトは満面の笑みで答えた。
「いえいえ。頑張っているシズさんを拝見しているだけで、
こんなに楽しいことはありませんでしたよ。
二人でこの道を歩きたくてお待ちしていました。」

そこに足元を一頭の犬がまぶりついてきた。
「あら!コタロウも来てくれていたのね!」
コタロウは賢し気にぴんと尻尾をたてて、スキップでもしそうなくらいだ。
リョウタが来る数年前まで、独り暮らしのシズのところで長く相棒だった犬だ。
シズがしゃがんでぐりぐりと頭を撫でまわすと、
ぺったんこになって尻尾をちぎれそうに振りたくった。
そしてまた、ぴょんぴょんと横跳びでまとわりつく。
年をとって足をひきずるようになっていた姿はもうない。
思えば、シズも今まで辛かった体中の痛みがないことに気づく。

シズとマコトは顔を見合わせて笑い合った。
コタロウはふたりの先に立って、ふり向きふり向き霧の薄くなった道を歩く。

「マコトさんにお話ししたいことがいっぱい。」
シズは満足げにため息まじりに囁いた。
「まずマコトさんによく似た孫のリョウタくんのことね。
とってもとってもいい子なのよ?」

ふたりは光の中にゆっくりと消えていった。








  ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

毎年あげているお誕生日企画です。
今年は家庭の事情もありまして、なんと肝心なお誕生日にあげられませんでした。
本当に申し訳ありません。

気を持たせてお待たせして、さあどうだっ!
というものでもなく・・・いやはやお恥ずかしいばかりです・・。

実はシズさんは僕の大好きなキャラクターのひとりで、この悲惨な最期は
不本意でなりません。
で、蛇足的なシーンを前後に入れさせていただきました。
ご笑納くださいませ。

遅れたからと言って
決して大事な友人の大切な日を、ないがしろに思っていたわけではありません。
でも、本当に申し訳ない。
毎年心から君のこの世に生まれてきた日を
とてもとても嬉しく思っています。

お誕生日、おめでとう!

どうぞこれからの日々が、君にとって豊かで心楽しい物でありますように。

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蒼天 [雑記]

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リヴリー小説 短編 『これが 僕』  [創作]

僕はみんなとは違う。
みんなのような美しい毛並みも
優しい声もでない。

僕は醜いから、一緒に笑い合う友達も
一緒に暮らす家族もいない。

僕は小さく小さくなって
暗い葉っぱの陰のほんの隙間から、元気に跳びまわるものたちを
毎日毎日そっと覗いて見ているだけ。
だってもし見つかったりしたら、きっと怖がられるか
ひどくいじめられてしまう。
僕のおとうさんが言ったんだもの。
「お前は醜い出来そこないだから、誰にも愛されない。
恥ずかしいからお前は外に出てはいけない。」って。

そのおとうさんも、もうお家に帰ってこなくなった。

僕はひとりぼっち。

仕方ないさ、僕は醜いできそこないなんだもの。

でもひとりぼっちは淋しくて、僕はこっそり外に出たんだ。
そしたらそこで見つけたんだ。

草原を元気に跳びまわるふわふわの茶色い生き物を。
眼はお空のような青色でキラキラしていて
走ったり急に停まったり、お空を見上げて、コロンと転がったり
大きな声で歌ったり笑ったり、なんて美しくて楽しい生き物だろう!

見ているだけで、僕は楽しくなったんだ。
僕は毎日昼も夜も、雨の日もお天気の日も
その草原で、この生き物が来るのを草の陰で待ち続けた。


時々その生き物は、彼よりも少し大きいけど
赤いもしゃもしゃした生き物も連れてくる。
この生き物にはぴかぴかしたくちばしがあって、優しい声で話をしていた。
この生き物は、ふたりになるともっと元気に草原を走り回って、
大きな声で笑い合っていた。

今日も僕はこっそりこのふたりから隠れて、様子をみていたんだ。

するとさっきまでいた茶色のほうが見当たらなくなったの。
赤い方がのんびりあちこちを見ながら、いったりきたりしている。
僕はついそーっと頭をのぞかせて、茶色のふわふわを探したんだ。

「やあ!こんにちはっ!」
後ろのすぐ近いところから声をかけられて、僕は飛び上がった。
「僕はイェルクッシェ!元気なトネビだよ!」
「君はいつもここにいるね!いっしょに遊ぼうよ!」
僕は慌てて葉っぱで顔を隠した。
「ごめんね・・ごめんね・・?わざとじゃないんだ。
君たちがあまりに楽しそうで・・。」
僕が後ずさりをしながら逃げようとすると、イェルクッシェくんは首をかしげたんだ。
「どうして謝るんだい?一緒に遊ぶと楽しいよ?」
僕は泣きそうになって叫んだ。
「だめだよ、だめだよ!僕はとっても醜いから、ここから出ちゃダメなんだよ!」
その時草原から赤いもしゃもしゃした方も、そばに来てにこにこして言ったんだ。
「醜い?誰が言ったの?君はとっても素敵じゃないか!」
「僕はノド。ムシチョウだよ。」

ステキ?
こんな優しい声をかけてもらったのも、ステキなんて言われたのも
僕は初めてだったんだ。

あっというまに僕はイェルクッシェくんとノドくんに両方から挟まれて
一緒に走っていたんだ。

キラキラしたお日様の下を、全力で走るってなんて心地いいんだろう!
草原の草がぱしぱしと柔らかくお腹や足に当たって音を立てる。
その度に昨日の雨で、葉っぱにたまったしずくが、
きらきらと虹色に輝いて僕らを包むんだ。
イェルクッシェくんが上を向いてアハハハハ!って笑って
ノドくんがきゃーーっ!って歓声をあげると
むずむずして、僕も力いっぱい声をあげてみた。

きしむような金属音。


僕ははっと口を閉じて立ち止まる。

大変な事をしてしまった・・。
大きな声を出すなんて。
僕はうずくまって目を閉じた。
きっとイェルクッシェくんもノドくんも耳を塞いで言うんだ。
『なんてひどい音だ!お前なんてあっちに行け!』
そう。おとうさんみたいに・・。
折角オトモダチになれたかもしれないのに・・。
台無しにしてしまった・・。

急に僕が停まったせいで、イェルクッシェくんもノドくんもころころと前に転がった。
イェルクッシェくんは転がりながら、そのまましゅたん!と言って立ち上がって
体操の選手のように両手を挙げた。
ノドくんはもごもごと起き上げると、そのイェルクッシェ君を見て
ぱちぱちと手を叩いて目を丸くしていた。
「すごいなぁ!イェルクッシェくんはかっこいいなぁ!」
そしてふたりはにこにこして僕のところに戻ってきたんだ。

「あんなふうにすぐ止まれるなんて、君はすごいねぇ!」
「大きな声出るんだね!とっても大きなオルゴールみたいだね!」
「僕は・・」
僕は顔を上げることも出来ずに言った
「こんなに醜くてひどい声なのに、君たちは友達でいてくれるの?」
ふたりはぽかんとした顔で、顔を見合わせました。
「君はおかしなことを言うねぇ。」
「僕は君が醜いとも思わないし、ひどい声だとも思わないよ?」
ふたりは一緒ににこにこと頷き合いました。

「君は君だよ。」
「そうだよ、君はそのままで君じゃないか。
僕は君の声も姿も素敵だと思うし、好きだよ?
僕らはもう友達だよ!」
今度は僕がぽかんと二人の顔をみつめました。
「僕のままで・・いいの・・?」
ふたりは声を合わせて言いました。
「もっちろんっ!」

これが僕。
つるつるの硬い鎧のようなものに覆われた姿。
鋭い爪のついた長すぎる手足。
おとうさんができそこないと言ったけれど
そうなんだ、これが僕なんだ。
沢山の言葉の刃で切り付けられ、生きて行くことも否定され
誰にも愛されることも、愛することもない。

いや・・。違う。

僕であることを僕が認めてあげなかったんだ。
認めてあげよう。
僕のことを友達と呼んで、僕のままでいいって認めてくれるものがいる。

胸の奥が張り裂けそうになった。
初めて悲しみではなく、溢れだす歓びで。

イェルクッシェくんがぎゅうっと僕を抱きしめた。
ノドくんがその上からぎゅうっとふたりごと抱きしめた。

「あ・・りが・・とう・・。」

やっとひとことそう答えられた。

イェルクッシェくんがあはははははと上を向いて笑った。
ノドくんがうふふふふと笑った。

「僕はぷろとたいぷmしりーず 6号」

「長い名前だねぇ!ぷろとくんだね!よろしくね?」

こうして僕らは出合い、長く長くお友達になったんだ。


今日はそんな僕にとって特別な日。
大切なお友達の生まれた日なんだ。
それと、僕のお誕生日が解らないって言ったら
イェルクッシェくんがぽんと手を叩いて、
じゃあ僕と一緒にしようよ!って言ってくれたんだ。
だから今日は僕とイェルクッシェくんのお祝いをするんだと
ノドくんやふたりのお友達のリヴリーたちが
大騒ぎでお誕生日の用意してくれているんだ。

ホントは内緒だけど、僕はプレゼントや御馳走よりも
イェルクッシェくんやノドくんの笑顔を見ている方が
ずっとずっと幸せな気持ちになるんだ。

最近僕はとても眠くなって、あんまり長く動けなくなってしまったけど
胸の奥深く溢れてくる歓びは
今もずっとずっと続いているんだよ。

僕はもうひとりぼっちじゃない。

イェルクッシェくん、お誕生日おめでとう!
生まれてきてくれてほんとうにありがとう。


どんな時もいつまでも、僕は君たちの友達だからね?



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ギンモクセイ [創作]

「あ・・っ」
思わず声が漏れた。
漕ぎだしたペダルがふっと抵抗をしなくなった。
チェーンが外れたのか、からからと音を立てながら自転車は動かなくなった。
あああ・・何もこんな時に・・。
今にも降り出しそうな重い曇天の下、緊急の夜勤に呼び出され
しばらく使っていなかった自転車を引っ張り出して、
30分の道のりを飛ばしていたのだ。
アキは自転車から降りるとかがみこんでため息をついた。
「もう・・信じられない・・・。」
見事にチェーンがゆるゆると外れているのがわかった。
アキは入れ込もうとチェーンを引っ張って何度もチャレンジしたが
錆びついてでもいるのか、どうしてもうまくかみ合わない。
「もうっ!!」アキはべとべとした手を持っていたテッシュで拭いたが
気持ちの悪さは拭えない。
ポケットからスマホを取り出すと、
職場の介護施設に少し遅くなるかもしれない状況を報告し
閉じようとして一番上にある名前のところで手がとまる。

アキの5年来の恋人のユウだ。
そのまま電話を繋ぐ。
「どうした、アキ?夜勤に行くんじゃなかったの?」
ワンコールもせずにユウの声が耳を打つ。
「自転車のチェーンが外れて入れられないの。」
「えっ?大丈夫?怪我はない?」
慌てるさまが目に浮かんで、なんだかほっこりと胸があったかくなる。
「大丈夫よ。仕方無いから自転車おいてこのまま仕事に行くわ。」
しばらく間が開いた。
「僕が迎えにゆければいいんだけど・・。ごめん。今仕事の打ち合わせで・・。」
最後の方の言葉がつっかえるように言いよどむ。

あれ?っとアキは思った。

前会った時、今日は私の誕生日なので仕事入れないよ、って言っていたのに。
私に急に夜勤の連絡が来て
会えなくなっちゃったと連絡したのはほんの2時間ほど前なのに・・。
「いいのよ。大通りに出ればタクシー拾えるし・・。行ってきますね?」
明らかにホッとしたような声が「いってらっしゃい」と何の余韻もなく電話は切れた。

なんかユウ君らしくない・・変。

急に風が冷たくなり、ぽつぽつと雨が降ってきた。
西からの集中豪雨のニュースも流れていたので、
アキは慌てて自転車を邪魔にならないところに鍵で繋いで、道を急いだ。
大通りに出た頃には、雨はどしゃ降り。
たちまち体が冷え切ってくる。
こんなびしょびしょじゃタクシーも乗せてくれないわね・・。
あと20分も歩けば職場につく。
意を決して、アキは雨の中を走りだした。

ほの暗い街には点々と様変わりする店舗やレストランが、
ぽつりぽつりと柔らかな淡い光を灯して、雨の街ににじんでいる。
半数はシャッターが降りてしまっている過疎の街ではある。
その中のひとつの喫茶店は、アキとユウがよく時間を忘れて話し込む
窓の大きなお気に入りの場所だ。
職場へは通りが違うのでいつもは通らないのだが、大雨を出来るだけ避けて
アキは軒の連なる店舗街へ走りこんだ。
ついいつもの喫茶店へ目をむけると、懐かしい顔が目に入った。

ユウだ。

あら・・?こんなところでお仕事の打ち合わせ・・?

ユウはかがみこんで机上の書きこみを懸命に読んでいるようだ。
向かいには若い女性が座って、やはり同じように同じ書きこみをのぞき込んでいる。
狭い机の上で頭を突き合わせているので、触れ合うように顔を寄せて見える。
ユウの口が動き、それに応えて女性が顔をあげて笑顔を見せた。

アキの顔から血の気が失せた。
女性はアキの高校から親友のマキだった。
「どういう・・こと・・?」
頭の中が真っ白になった。
ユウ君・・仕事って・・私に嘘をついて・・。
なんでよりによって・・マキなの・・?
疑いは妄想を生み、膨らんでゆく。

私・・ずっと・・騙されていたの・・・?

20代後半の5年というのは、微妙な時期だ。
当然、結婚というのも視野にいれる。
友人たちも次々に嫁ぎ、親からのそろそろ・・とのプレッシャーも大きい。
ユウの態度から自分もいつかユウと結婚して・・と考えていた。
今思うと、それとなくそういう話題をふってみても、
なんとなくはぐらかされていた気がする。

それが・・こういうことだったの・・・?

アキは逃げるように窓から離れた。
怒りよりも悲しみが胸を覆った。
ひとりよがりで想っていたことなのかと、むしろ恥ずかしかった。
顔を打つ雨が激しくて、もう雨だか涙だか鼻水だか、自分でもわからなくなった。

気が付くと職場についていた。
大きなバスタオルを掴んでロッカーに駆け込み、
置いてある替えの下着と制服に着替えると
真っ赤に泣きはらした目が鏡に映った。

「大丈夫。今だけ頑張ろう。今だけ、今だけ何も考えない。」

頬をぱんぱんと出場前のプロレスラーのように叩き、
よっしゃあ!とアキはロッカールームを出た。
直ぐにスタッフルームに行くと、真剣な面持ちで先輩が立っている。
「何か急変ですか・・?」
アキが尋ねると、

「北の505号室のスズキさん。アキさんの担当ですね?」
「はい。」
介護士になって最初の時からずっと担当していた利用者さんだ。
孫のようにアキのことを思ってくれているのか、
ずっと変わりなく可愛がってくれていた。
アキは寒さだけでなく、心底震えた。
スズキのおばあちゃん・・昨日まであんなに元気だったのに・・なにかあったの・・?
「すぐに行ってください。」
「はいっ!」

アキがゆくといつも開いている部屋の扉が閉まっている。
ここは5人部屋なのだが、今はスズキのおばあちゃんとタカハシさんが暮らしている。
灯りも消えている。
アキはおそるおそるドアをノックした。
「スズキさん、タカハシさん。アキです。はいりますよ?」
中に入るとカーテンが皆閉じられている。
アキは入口の電気のスッイチを入れて、
一番手前のスズキのおばあちゃんのカーテンの中に入った。

彼女はベッドに寝ていた。

「スズキさん・・?どうかなさいました?アキですよ?」
スズキさんの閉じた瞼と口元がぴくぴくと痙攣した。
「スズキさん・・?」
アキが手をそっと握ると、スズキのおばあちゃんの目がぱっちりと開いた。

「アーキちゃん!おめでとーうっ!」

アキはぽかんとスズキのおばあちゃんの顔を見つめた。

スズキのおばあちゃんはむっくり起き上がると、アキに抱きついた。
「アーキちゃん、お誕生日、おめでとーうっ!!」

「え?え?」

その時閉まっていたカーテンが音を立てて開かれた。
「アキさん、ハッピーバースデーイッ!!」

アキはびっくりして飛び上がった!
開いたカーテンの後ろには、アキが担当している利用者さんが杖で支えられ
車椅子を押され、皆、手に手におめでとうと書かれたカードを持ち
手の空いたスタッフと共ににこにこと集まっていた。
一番後ろには先ほどの先輩が、くすくす笑っている。

「なに・・?どうして・・?ええーーっ?!」
アキはきょろきょろと周りを見渡した。
みんなが一斉に笑う。

「アキさんのお誕生日、みんなで何かしたいねと言っていたの。」
タカハシさんが笑顔で話した。
「スタッフの方々が協力してくれたのよ?」

その時、扉が開きみんなが一斉に向き直った。

「ユウ君・・・?」

彼は一張羅のスーツを着込んで手に赤い薔薇の花束を持って立っている。

ぎくしゃくと彼はアキに近付くと、目の前で片膝をついてアキの目をみつめた。

「アキさん。僕はあなたと幸せな家庭を築きたい。
どうか、僕と結婚してくれませんか?」

え?え?なにこれ?プロポーズ・・?

アキははるか遠くの方で自分の声を聞いた。

「もちろん。喜んで・・」

うおおおおおーーと外野の方から声が上がった。
扉の向こうで親友のマキがにこにことこちらを見ている。

そうか・・この打ち合わせを二人でしていたのね・・。
こんなこと、ユウ君じゃ考えないもの・・。
マキの入れ知恵ね・・。

胸ポケットから取り出した小さな四角い箱から指輪を出すと
ユウはアキの指に細い指輪をはめた。

「今はまだこれしかできないけど、絶対幸せになろうね?」
アキの目からぽろぽろとあったかい涙が溢れた。
頷くたびにそれが胸に落ちた。

スズキのおばあちゃんが自分も涙を流しながらそれを見ていた。

「アキちゃんはいい子だからねぇ。みんな幸せになって欲しいんだよ。」
そして笑顔のまま目を閉じた。
「こんな幸せな日に立ち会えて、ほんとに今日はいい日だねぇ!」

しばらくしてぽんぽんと先輩が手を鳴らした。
「はーい。お開きねー。みなさんお部屋に戻ってくださいね?
アキさん、呼び出してごめんね。
今日は本当は予定通りお休みなのよ。
ユウさんとこのままお帰りなさいね。
明日は早番、忘れないでね?」

「ありがとうございます。みなさんほんとうにありがとう。
私、今日の事ずっと忘れないね?」

そしてマキの方に走り寄ると、きゅうっと抱きしめた。
「ずっと親友でいてね?ありがとうマキ。」
マキも泣きながらぎゅうっと抱きしめた。
「お幸せにね。」

「ユウ君。私すごく嬉しいわ。」
ユウの車に乗せられて、アキは自宅に着替えに向かっていた。
「これからが始まりだよ。僕は君のご両親にも許可をもらいに行かなくちゃ・・。
アキのお父さん怖そうだもんなぁ・・。でもアキをもらうためだ、頑張らなくちゃ。」
「ユウ君のご両親のところにもゆかなくちゃね。」
「それは任せとけ!もう許可はもらってる。」
「ええーー!私よりも先に?」
「うん。どうしても店を継がせたいというからさ、それの説得に手間取ったよ。
アキは今の仕事に誇りをもっているからね。」
ちゃんと考えていてくれたのね、
私の事真剣に・・。
大丈夫だわ、私。
ユウ君となら私は私らしく、ユウくんはユウ君らしく二人で生きて行ける。

雨はいつの間にか通り過ぎて
雲の間にまあるい月がまぶしいくらいに差し込んで
車の運転をするユウの横顔を照らしていた。
信号で停まると、雨に濡れたアスファルトに反射して賑やかな色が混じり合う。
アキが窓を開くと、光の届かない夜の闇に白い小さな花が浮かび上がる。
ギンモクセイだ。
幽かな甘やかな香りが車の中まで運ばれてきた。















ううーん。
書きたいことはいろいろあれども、
なんともはや・・。

あれもこれもと思ったのですが
すべて座礁・・。

で、何が言いたいの?ということで
必ずきっと、今はどしゃ降りの雨の中であっても
君は幸せになれるということ。
ならない訳はない、ということ。

だって君は何よりも素晴らしい
魂の炎を胸の奥に燃やしているのだもの。

お誕生日、おめでとう!

君の人生にいつも光が共にあるように。

2017年11月5日
我が友、Xephonさんへ。


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足音 [詩]

とんとんとん。

小さな足を踏み鳴らす

僕はここだよ
ここで生きてる
僕はここだよ
ここで笑っている

とんとんとん。

君のこんな近くで
僕は叫ぶんだ
君の心の上で
僕は歌うんだ

ほら
これは君の心臓と同じ音
ほら
これは君の呼吸とおなじ速度

とんとんとん。

僕と君

終焉と永遠



とんとんとん。

とんとんとん。











ことことと僕の中でずっと音が聞こえています。
気が付くとそれは彼の足音になっていました。
きっとこの音は僕の心臓と連動してしまったに違いない。

僕と共に生き続けてほしい。
たとえどんな嵐が吹いて、君の姿が見えなくなってしまっても。




リヴリーアイランドが続く事を渇望して。

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 [雑記]

彼を一言で言いあらわすなら
『人生の達人』だろうか。

仕事を楽しみ、家族を愛し、
ささやかな庭を慈しみ、花を育て
美味しいものを愛し、それを人にふるまうことに歓びを感じられる人。

大学の同期生だった奥さまは
ころころとよく笑い、よく語り
そのそばに寄り添うように、にこにこといつも彼は立っていた。
幼い子供相手に手抜きなしで全力で遊ぶ姿。
彼の周りはいつも賑やかな笑い声が満ちていた。

穏やかで親切で、こうありたいと思う具現化のような人。

僕と出会った頃にはもうすでに、難しい癌の手術を終え
ばりばりと働いていた。
それから5年。

食事制限。
さまざまな良かれと思うことを積極的に取り入れ
禁煙は勿論、大好きだったお酒も我慢していた。
それでも少しずつ少しずつ、癌細胞は生き延びてきたのだ。

再発からひと月と少し。
彼は亡くなった。

覚悟はしていたと思う。
家族皆にこれからの事をしっかりたくし
最期の日は、大好きなアイスを奥さまと楽しく口にし、
その元気な様子に、病室を出て帰宅しようとする奥さまに向かい
「今まで長い間ありがとうね。」というのが最期の言葉であったという。

そのまま昏睡状態に陥り、静かに眠るように亡くなった。
穏やかな穏やかな死であったという。


僕も今長い闘病の途中にある。
友人には病院通いの入院仲間も多い。
こんな環境の所為だけでもないだろうが、葬儀に参列することが多い。

腹水もたまり、抗がん剤の治療も苦しいものであったと思う。
だがこんなに穏やかな死に顔を拝見したのは初めてだった。
かすかに微笑んでいるようにさえみえる。
死してもなお、こうありたいと思える見事な死というものはあるものだ。

若くしての死は、ご家族にどれだけの哀しみだとは思うが
やりたいことをやり遂げ、大好きな人に囲まれ、これほど愛し愛された人生。
僕には眩しいくらいに羨ましく思えた。

葬儀は多くの友人知人が押しかけ、焼香の後ににひとりずつ声をかけて行かれた。
大きな声で「ありがとうございました」「おせわになりました」と
震える声でかけられる言葉に、彼の人柄がよくわかる。
大好きな丹精した庭の花を棺に溢れるほどいっぱいに、彼は旅立った。


彼の訃報に接してもう10日ばかりだろうか。
未だに僕は彼の事が頭を離れない。
冷たい頬に触れても、彼がもういないということに頭がついてゆかない。
今まで友人の死に接すると、僕は次は自分ではないかと心が震えた。

でも初めて僕は思ったんだ。
僕はまだ生きている。
まだ自分の思うことをこうして自分の体を使って出来るじゃないか。

怯え悲観して絶望する時間も
楽しく出来ることをする時間も、
僕が自由にまだ選べるくらいには生きているじゃないか。


彼はきっと言うだろう。
「僕の時間は終わったけど、君の時間はまだあるじゃないか。」
「悔やまないように、精いっぱい生きてゆけよ。君が楽しめばいいんだよ。」



この記事を書き始めた時
雨をぬって西の空に久々の見事な夕焼けをのぞんだ。
ふと振り返ると
反対の東の空に大きな明るい虹が綺麗に半円を描いていた。

もう一度激しく強く彼を思った。
涙が止まらなかった。

それでも口元にはようやく笑みが浮かべることができた。


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