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小説 中編 『桔梗』 [創作]

「こらーーっ!喰っちまうぞーーっ!」

キノコ採りに来てたらしいバアさまの後ろにそっと近づくと、オレは腹の底から叫んだ。
「ひょえええええ~~っ!」
バアさまはキノコでいっぱいの籠を放り投げると、ころころと坂を転がり落ちて行った。

「うはっはっはっはっはっ!!」

オレはキノコをかき集めると、自分の背負いかごにぽんぽーんと入れて走って逃げた。
今日はキノコ汁にしよう。
後は・・・・魚がよいなぁ。

川に出ると、いたいた。
渓流に半ば浸かりながら、釣り糸をたれてじっと川面を見つめているおやじさん。
その脇の魚籠からは、大きなイワナの尻尾がぴちぴちと見え隠れしている。

オレはそおっと忍び寄るとまたまた大声で哮えた。

「うおおおおおおおっ!!!」

おやじさんは振り返ると飛びださんばかりのでっかい目玉でオレを見つめて
オレとあまり変わらない声で叫んだ。

「うわああああっ!!!鬼じゃぁあああっ!!」

おやじさんは顔いっぱいに口を開いたまま、尻からそのまま川へつっこみ、
速い流れに流されていった。


やったあ!これで魚もオレのもんだ。

戦利品は、まるまるとしたイワナを3匹。
川沿いの笹竹の小枝をぱくぱくしている口に突っ込むと、そのまままた背負い籠に入れて
オレは大満足で棲み家に帰った。

オレは鬼という生き物らしい。
オレがガキの頃はよく石を投げてきたりもしたが、今はみな逃げてゆく。
身の丈は6尺5寸(約195cm)以上あるし、腕っぷしもだれにも負けない。
向かって来るイノシシだってぶん殴って捕まえた。
ぐるぐると渦まく髪の中に、みんなが言うようなツノは見つけられなかったが
きっと鬼の中でもオレは仲間はずれモンなんだろう。
だからオレは童の頃から独りだった。
気がついてみると、いつも独りだった。

オレはお腹がいっぱいで、あったかい寝床があればそれだけでよい。
熱々のキノコ汁とイワナを腹に収めると、オレはごろりと横になり眠った。

棲み家のあばら家の隙間から太陽が見える。
あの高さだともう日中だな。

オレはもう腹が空いている事に気がつき、また川に出かけた。
洗濯ついでに服のまま飛び込むと、渓流の冷たさにいっぺんに眼が覚める。

しばらく泳いで、浅い所で小さなカニを3匹ほど捕まえて、石でとどめをさすと
びしょびしょの服をしぼって干した。
日なたの岩場にふんどし一枚でそのまま横になると、
お日さまの光がつむったまぶたに赤く差し込む。
じんわりとした暖かさが、心地よい。

ふいにその陽が遮られた。

オレは目を開けると同時に、起きあがり身がまえてあっけにとられた。

年の頃6つほどの童子が、しゃがんでオレを覗きこんできたのだ。

「なんだお前は!オレは鬼だぞうっ!喰っちまうぞっ!」

オレはとびっきりの怖い顔と声ですごんで見せた。

童子はきょとんとした顔でオレを真っ直ぐに見返した。

「オヌシはワレを喰らうのか?」

オレは戸惑った。
今まではそう言うと、皆腰をぬかすか気を失うかのどちらかで
話しかけられたのは初めてだった。

「お、おうっ!喰うぞっ!そこのカニみたいにぺしゃんこにして、頭からばりばりと食うぞっ!」

「へーえ。」童子は感心したようにオレを見上げると、にこにこしながら近寄ってきた。

「ワレはカニのように旨いのか?それは知らなかった。鬼というのはすごいのう。」

オレは思わずその童子から2歩3歩と後ずさった。
童子は歩を速めると、ぽーんとオレの足にしがみついた。

「オヌシは大きいのう。ワレが見た中でいちばん大きいぞ?」

オレは慌てて足をばたばたして振りほどこうとしたが、それは童子を余計面白がらせたようだ。
キャッキャと声をたてて笑い出した。

こんなフザケタ状況は、オレには納得が出来ない。
どこからこんな童子が湧いて出てきた。
この辺では見たこと無い顔だし服装だが、親はいないのか?
オレはきょろきょろとしたが、他に人影もない。

オレは見なかった事に決めた。

足に童子をしがみつかせたまま、未だ濡れた服を身につけると、
カニを拾って棲み家に戻る

その内にどこかに行くだろう。

途中で流石に腕がつかれたのだろう。
ころりと地面に落ちたが、振り向きもしないオレの後ろにぴょんぴょんと着いて来る。
歩を速めてもまだ諦めない事に気付いて、走って棲み家へもぐりこんだ。

いつもはしない扉に、心張り棒をあてがうと戸板の隙間から外を伺った。

「ここまで追いつく訳ないか・・。なんだったんだ・・・?」


ふと数日前に、もう里山に降りてきたのかと驚いたイノシシがいた事を思い出した。

「まさか・・出会うなんて事・・ないよな・・?」
オレは一度童の時に、大イノシシに追いかけられて、死に物狂いで逃げたのを想い出した。
ふるふると頭を振るって、あんなチビスケのヤツ
別にのたれ死のうがオレには関係はないぞと思い直した。

まだからみついた腕の感触の、温かさが残っている足を無意識にごしごしとこすった。

オレは心張り棒を持って外に出て、耳を澄ました。

ふと、鳥が鳴く様な高い叫びが聞こえた気がした。

オレはいつの間にか走り出していた。

「おいっ!どこだっ!小僧っ!」

山の斜面に先ほどの童子が倒れていた。
オレは慌てて駆け寄って抱き上げた。

「大丈夫か!やられたのか?!」

「オヌシ、待っておったぞ。ワレも何か喰いたい。」
童子はオレの首に腕を回すと、ぎゅううとしがみついてにこにこと笑いかけた。
あんぐりと口を開けて、オレは童子に謀られたのに気付いた。

後悔したがもう遅い。
オレはとぼとぼとそのまま童子を抱いて、棲み家に連れて行った。
オレはこんな事で迎えに行ってしまった自分自身が、よく解らずに腹立たしかった。

思いっきり不機嫌な顔をして、カニの汁ものを作った。
童子は火にかけられた鍋の前で、きちんと猫のように正座をしている。
いじわるに喰わせてやるのをやめようかとも思ったが、
その嬉しそうな顔を見ていると、その気持ちも萎えた。

いっこしかない欠けた椀に、カニをよそうと童子に差し出した。
童子はにこにこしてきちんと一礼すると、受け取ってひと口すすり目を細めた。
「うまいなぁ!」
「ワレがこれを喰ったら、今度はオヌシがワレを美味しく喰うのか?」
オレはむすっとして答えた。
「オレは人なんぞ喰ったこと無い。」
「おお、そうであったのか。オヌシは変わった鬼なのだな。」
オレはぐぅうと喉の奥で唸った。
「喰ったら里まで送ってやるから、さっさと帰えれ。」

童子は椀をオレに返すと、「ご馳走になった。」と頭を下げた。
「ワレを喰わないのなら、お礼が出来ないから、もう少しここにいるぞ。」
「ああ?」オレは呆れた。
「小僧。お前頭どうかしているだろう?
オレは鬼だぞ?鬼と一緒にいたいなんて、オレが怖くないのか?」
童子はにこにこと笑った。
「ワレは鬼がどんなものか知らなかった。
オヌシが自分を鬼というなら、ワレは鬼が好きだ。」

「あああっ??」
オレは口をぱくぱくと動かしたが、言葉が出て来なかった。
童子はそんなオレをにこにこと見つめている。
オレはカニ汁を口にかき込んだ。
腹の奥底にお日さまのようなあったかさが沁み渡る。
それがいつの間にか胸の奥にまで広がり、それはいつまでも消えなかった。

夜になると童子がごろんと床に寝ている、オレのそばに来て横になった。
童子がいるだけで、隙間だらけのあばら家の中でも、少しぬくまって感じる。
気がつくと童子がじっとオレの顔を覗き込んでいた。

「オヌシの目は花のような色だのう。
昔ワレがいた所にいっぱい咲いていたの花の色じゃ。」

「優しい色じゃのう・・。」

そしてすうすうと寝息を立てて寝入ってしまった。

オレはこの家で一番暖かい毛皮を奥から引っ張り出すと、そっと童子にかけた。
熾き火がぱちんとはぜるまで、オレはその童子の無防備な紅潮した頬を眺めていた。


そして、オレと童子は不思議な共同生活が始まった。

オレは魚を獲り、時に獣を狩り、童子は木の実やきのこを探しだし
夜になると寄り添って眠った。

オレは童子の笑顔を見るたびに、
心の中に今まで感じたことの無い
陽だまりのようなあったかさが広がるのを感じていた。
それは泣きたくなるような、叫びたくなるような、それでいて大声で笑いたくなるような
不思議な気持ちだった。


10日ほど経ったころだろうか、里の近くで嗅ぎなれない匂いがした。
そっと近づくと、見慣れぬ8人程の兵士の一団が、
里の入り口でもあるつり橋の手前で陣を張っている。

この匂いは、鉄と火薬の匂いだ。
オレの一番昔の記憶の底にあった匂いだ。

この匂いの後オレの母である人が、この地にたどり着いて動かなくなったのだ。

あれは悪いモノだ。
あの子に近付けてはいけない。

風に乗って、話し声が聞こえた。

「……の先に姿をみたものが・・・。」
「みしるしだけでも・・・持ちかえり・・手柄を・・。」
「まず里の者たちを全て殺し・・・」

オレは渾身の力で、大将らしき男に石を投げつけた。
大将ははものも言わずに、案山子のように倒れ込んだ。
一斉に、他の男たちが振り返る。

「お・お・・鬼・・・っ!」

散りぢりに逃げまどう男たちを追いまわし、
そばに置いてあった槍をむんずとつかみ振り回した。

4人5人と切り伏せた時にぱーんと乾いた音がした。

火薬だっ!

鉄砲という、鉛の弾を遠くに飛ばす武器だ。

慌てて伏せたが、肩のあたりに焼けつく痛みを感じた。
近くの地面から、しゅっしゅっと土煙が上がった。
あと3人・・・。
そうだ、あのつり橋を落とせば、里にも入る事が出来まい。

オレは吠え声をあげてつり橋まで突進した。
つり橋の真ん中あたりで、今度は背と腿に火が走った。

くそう・・くそう・・くそう・・っ・・・。

絶対に・・絶対に・・殺させるものか・・・。

あの笑顔を、奪わせるものかっ!


オレはつり橋の蔓を、力任せに何度も小刀で切りつけた。
残党の3人は直ぐ後ろに迫って来て、全てつり橋に足を踏み入れていた。

悲鳴が上がる。

残党は慌てて戻ろうとしたが、元の地にその足が届く前に橋は切れ果て、
深い谷底へ、オレも共に巻き込み落ちていった。

どれだけ経ったのだろうか、激しい痛みを感じて、目が覚めた。
息を吸い込もうとしたが、それすら胸に入って来ない。
苦しさと痛みで叫ぼうと口を開いたが、もう声も出ない。

見上げた頭上の天空は、見事な茜色。
両崖に縁どられ、切り取られた空は・・・遥かに遠くに感じる・・。

オレはアイツの笑顔を守れたかなぁ。

あれ・・・?なんだろう。

アイツに会った時の胸のあったかさだけを、今感じる。


そう悪い気分じゃないぞ。




お前に会えて よかったよ。

ちゃんとそう言ってやれば


よかったなぁ・・・・。



ありがとな。
















「さあお館さま、まいりましょうか。」
「少しだけ、待ってくれぬか?」

ある穏やかな秋の日、そのさま卑しからぬ若者が
眼付の鋭いお伴を独りだけ連れて、見事にしつらえられた馬上から降りた。

「昔な、ワレはこの先で鬼と共に暮らしていたのじゃ。」
「鬼・・・でございますか・・?」
「ああ。ワレはその鬼に命を救われたのじゃ。
その時、ここのつり橋は落とされておってな・・・。

あっ・・・・。」

谷底を覗き込んだ若者は、しばらく息を飲むように沈黙した。


遥か谷底に一面の桔梗の花が、紫の絨毯のように咲きこぼれていた。


「そうか・・。
鬼よ。ここに居たのだな。

お前の眼の色の花だ・・。

ワレは決して忘れまいぞ。」

そして高い蒼穹を仰ぎ、ほんの少し微笑んだ。

「いずれワレが天下を平らけく、オヌシのような鬼も民も元気でいられる国を造るからな。
その時まで、ワレからの礼は待ってもらうぞ。」

そしてお伴の手も借りずにひらりとふたたび馬上の人となると
そのまま元来た道を早駆けさせてゆく。
その後を伴が全力で追いすがって行った。





未だ夜の闇が今よりもほんの少し深い頃。

むかしむかしの刹那の物語である。

                                         ____  了  ____
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