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ギンモクセイ [創作]

「あ・・っ」
思わず声が漏れた。
漕ぎだしたペダルがふっと抵抗をしなくなった。
チェーンが外れたのか、からからと音を立てながら自転車は動かなくなった。
あああ・・何もこんな時に・・。
今にも降り出しそうな重い曇天の下、緊急の夜勤に呼び出され
しばらく使っていなかった自転車を引っ張り出して、
30分の道のりを飛ばしていたのだ。
アキは自転車から降りるとかがみこんでため息をついた。
「もう・・信じられない・・・。」
見事にチェーンがゆるゆると外れているのがわかった。
アキは入れ込もうとチェーンを引っ張って何度もチャレンジしたが
錆びついてでもいるのか、どうしてもうまくかみ合わない。
「もうっ!!」アキはべとべとした手を持っていたテッシュで拭いたが
気持ちの悪さは拭えない。
ポケットからスマホを取り出すと、
職場の介護施設に少し遅くなるかもしれない状況を報告し
閉じようとして一番上にある名前のところで手がとまる。

アキの5年来の恋人のユウだ。
そのまま電話を繋ぐ。
「どうした、アキ?夜勤に行くんじゃなかったの?」
ワンコールもせずにユウの声が耳を打つ。
「自転車のチェーンが外れて入れられないの。」
「えっ?大丈夫?怪我はない?」
慌てるさまが目に浮かんで、なんだかほっこりと胸があったかくなる。
「大丈夫よ。仕方無いから自転車おいてこのまま仕事に行くわ。」
しばらく間が開いた。
「僕が迎えにゆければいいんだけど・・。ごめん。今仕事の打ち合わせで・・。」
最後の方の言葉がつっかえるように言いよどむ。

あれ?っとアキは思った。

前会った時、今日は私の誕生日なので仕事入れないよ、って言っていたのに。
私に急に夜勤の連絡が来て
会えなくなっちゃったと連絡したのはほんの2時間ほど前なのに・・。
「いいのよ。大通りに出ればタクシー拾えるし・・。行ってきますね?」
明らかにホッとしたような声が「いってらっしゃい」と何の余韻もなく電話は切れた。

なんかユウ君らしくない・・変。

急に風が冷たくなり、ぽつぽつと雨が降ってきた。
西からの集中豪雨のニュースも流れていたので、
アキは慌てて自転車を邪魔にならないところに鍵で繋いで、道を急いだ。
大通りに出た頃には、雨はどしゃ降り。
たちまち体が冷え切ってくる。
こんなびしょびしょじゃタクシーも乗せてくれないわね・・。
あと20分も歩けば職場につく。
意を決して、アキは雨の中を走りだした。

ほの暗い街には点々と様変わりする店舗やレストランが、
ぽつりぽつりと柔らかな淡い光を灯して、雨の街ににじんでいる。
半数はシャッターが降りてしまっている過疎の街ではある。
その中のひとつの喫茶店は、アキとユウがよく時間を忘れて話し込む
窓の大きなお気に入りの場所だ。
職場へは通りが違うのでいつもは通らないのだが、大雨を出来るだけ避けて
アキは軒の連なる店舗街へ走りこんだ。
ついいつもの喫茶店へ目をむけると、懐かしい顔が目に入った。

ユウだ。

あら・・?こんなところでお仕事の打ち合わせ・・?

ユウはかがみこんで机上の書きこみを懸命に読んでいるようだ。
向かいには若い女性が座って、やはり同じように同じ書きこみをのぞき込んでいる。
狭い机の上で頭を突き合わせているので、触れ合うように顔を寄せて見える。
ユウの口が動き、それに応えて女性が顔をあげて笑顔を見せた。

アキの顔から血の気が失せた。
女性はアキの高校から親友のマキだった。
「どういう・・こと・・?」
頭の中が真っ白になった。
ユウ君・・仕事って・・私に嘘をついて・・。
なんでよりによって・・マキなの・・?
疑いは妄想を生み、膨らんでゆく。

私・・ずっと・・騙されていたの・・・?

20代後半の5年というのは、微妙な時期だ。
当然、結婚というのも視野にいれる。
友人たちも次々に嫁ぎ、親からのそろそろ・・とのプレッシャーも大きい。
ユウの態度から自分もいつかユウと結婚して・・と考えていた。
今思うと、それとなくそういう話題をふってみても、
なんとなくはぐらかされていた気がする。

それが・・こういうことだったの・・・?

アキは逃げるように窓から離れた。
怒りよりも悲しみが胸を覆った。
ひとりよがりで想っていたことなのかと、むしろ恥ずかしかった。
顔を打つ雨が激しくて、もう雨だか涙だか鼻水だか、自分でもわからなくなった。

気が付くと職場についていた。
大きなバスタオルを掴んでロッカーに駆け込み、
置いてある替えの下着と制服に着替えると
真っ赤に泣きはらした目が鏡に映った。

「大丈夫。今だけ頑張ろう。今だけ、今だけ何も考えない。」

頬をぱんぱんと出場前のプロレスラーのように叩き、
よっしゃあ!とアキはロッカールームを出た。
直ぐにスタッフルームに行くと、真剣な面持ちで先輩が立っている。
「何か急変ですか・・?」
アキが尋ねると、

「北の505号室のスズキさん。アキさんの担当ですね?」
「はい。」
介護士になって最初の時からずっと担当していた利用者さんだ。
孫のようにアキのことを思ってくれているのか、
ずっと変わりなく可愛がってくれていた。
アキは寒さだけでなく、心底震えた。
スズキのおばあちゃん・・昨日まであんなに元気だったのに・・なにかあったの・・?
「すぐに行ってください。」
「はいっ!」

アキがゆくといつも開いている部屋の扉が閉まっている。
ここは5人部屋なのだが、今はスズキのおばあちゃんとタカハシさんが暮らしている。
灯りも消えている。
アキはおそるおそるドアをノックした。
「スズキさん、タカハシさん。アキです。はいりますよ?」
中に入るとカーテンが皆閉じられている。
アキは入口の電気のスッイチを入れて、
一番手前のスズキのおばあちゃんのカーテンの中に入った。

彼女はベッドに寝ていた。

「スズキさん・・?どうかなさいました?アキですよ?」
スズキさんの閉じた瞼と口元がぴくぴくと痙攣した。
「スズキさん・・?」
アキが手をそっと握ると、スズキのおばあちゃんの目がぱっちりと開いた。

「アーキちゃん!おめでとーうっ!」

アキはぽかんとスズキのおばあちゃんの顔を見つめた。

スズキのおばあちゃんはむっくり起き上がると、アキに抱きついた。
「アーキちゃん、お誕生日、おめでとーうっ!!」

「え?え?」

その時閉まっていたカーテンが音を立てて開かれた。
「アキさん、ハッピーバースデーイッ!!」

アキはびっくりして飛び上がった!
開いたカーテンの後ろには、アキが担当している利用者さんが杖で支えられ
車椅子を押され、皆、手に手におめでとうと書かれたカードを持ち
手の空いたスタッフと共ににこにこと集まっていた。
一番後ろには先ほどの先輩が、くすくす笑っている。

「なに・・?どうして・・?ええーーっ?!」
アキはきょろきょろと周りを見渡した。
みんなが一斉に笑う。

「アキさんのお誕生日、みんなで何かしたいねと言っていたの。」
タカハシさんが笑顔で話した。
「スタッフの方々が協力してくれたのよ?」

その時、扉が開きみんなが一斉に向き直った。

「ユウ君・・・?」

彼は一張羅のスーツを着込んで手に赤い薔薇の花束を持って立っている。

ぎくしゃくと彼はアキに近付くと、目の前で片膝をついてアキの目をみつめた。

「アキさん。僕はあなたと幸せな家庭を築きたい。
どうか、僕と結婚してくれませんか?」

え?え?なにこれ?プロポーズ・・?

アキははるか遠くの方で自分の声を聞いた。

「もちろん。喜んで・・」

うおおおおおーーと外野の方から声が上がった。
扉の向こうで親友のマキがにこにことこちらを見ている。

そうか・・この打ち合わせを二人でしていたのね・・。
こんなこと、ユウ君じゃ考えないもの・・。
マキの入れ知恵ね・・。

胸ポケットから取り出した小さな四角い箱から指輪を出すと
ユウはアキの指に細い指輪をはめた。

「今はまだこれしかできないけど、絶対幸せになろうね?」
アキの目からぽろぽろとあったかい涙が溢れた。
頷くたびにそれが胸に落ちた。

スズキのおばあちゃんが自分も涙を流しながらそれを見ていた。

「アキちゃんはいい子だからねぇ。みんな幸せになって欲しいんだよ。」
そして笑顔のまま目を閉じた。
「こんな幸せな日に立ち会えて、ほんとに今日はいい日だねぇ!」

しばらくしてぽんぽんと先輩が手を鳴らした。
「はーい。お開きねー。みなさんお部屋に戻ってくださいね?
アキさん、呼び出してごめんね。
今日は本当は予定通りお休みなのよ。
ユウさんとこのままお帰りなさいね。
明日は早番、忘れないでね?」

「ありがとうございます。みなさんほんとうにありがとう。
私、今日の事ずっと忘れないね?」

そしてマキの方に走り寄ると、きゅうっと抱きしめた。
「ずっと親友でいてね?ありがとうマキ。」
マキも泣きながらぎゅうっと抱きしめた。
「お幸せにね。」

「ユウ君。私すごく嬉しいわ。」
ユウの車に乗せられて、アキは自宅に着替えに向かっていた。
「これからが始まりだよ。僕は君のご両親にも許可をもらいに行かなくちゃ・・。
アキのお父さん怖そうだもんなぁ・・。でもアキをもらうためだ、頑張らなくちゃ。」
「ユウ君のご両親のところにもゆかなくちゃね。」
「それは任せとけ!もう許可はもらってる。」
「ええーー!私よりも先に?」
「うん。どうしても店を継がせたいというからさ、それの説得に手間取ったよ。
アキは今の仕事に誇りをもっているからね。」
ちゃんと考えていてくれたのね、
私の事真剣に・・。
大丈夫だわ、私。
ユウ君となら私は私らしく、ユウくんはユウ君らしく二人で生きて行ける。

雨はいつの間にか通り過ぎて
雲の間にまあるい月がまぶしいくらいに差し込んで
車の運転をするユウの横顔を照らしていた。
信号で停まると、雨に濡れたアスファルトに反射して賑やかな色が混じり合う。
アキが窓を開くと、光の届かない夜の闇に白い小さな花が浮かび上がる。
ギンモクセイだ。
幽かな甘やかな香りが車の中まで運ばれてきた。















ううーん。
書きたいことはいろいろあれども、
なんともはや・・。

あれもこれもと思ったのですが
すべて座礁・・。

で、何が言いたいの?ということで
必ずきっと、今はどしゃ降りの雨の中であっても
君は幸せになれるということ。
ならない訳はない、ということ。

だって君は何よりも素晴らしい
魂の炎を胸の奥に燃やしているのだもの。

お誕生日、おめでとう!

君の人生にいつも光が共にあるように。

2017年11月5日
我が友、Xephonさんへ。


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siamneko

ハッピーエンドでよかったぁ。(*'-'*)

(* ̄m ̄).。oO(…心霊物かと思った…)

あと、脱字見っけ。
「大丈夫よ。仕方(な)いから自転車おいてこのまま仕事に行くわ。」
by siamneko (2017-11-05 22:15) 

takehiko

>siamneko さま
ご指摘ありがとうございました!
早速訂正させていただきました。
心霊物・・・うわぁ・・書いてみたいけど・・。
やっぱりお誕生日の企画ですので、自重しましたw
読んでくださってありがとうございます^^
by takehiko (2017-11-05 23:35) 

tarou

お早うございます、高杉晋作誕生地に
コメントを有難うございました。
萩は散策するところがたくさん有って
時間が足りませんでした、また訪れて見たい
ところです。
by tarou (2017-11-09 07:40) 

takehiko

> tarou さま
いつもワクワクの旅を楽しませていただいています^^
長州は幕末期の理想を求める志士がたくさんおりますね。
国を憂い想う志は皆同じだったろうなぁと切なくなります。
コメントまでありがとうございました^^

by takehiko (2017-11-09 10:36) 

tarou

takehikoさん お早うございます、
菊屋住宅にコメントを有難うございました。
菊屋友味は武士の出だけ有って、
庭や調度品は素晴らしいものが
有りました。
by tarou (2017-11-11 07:29) 

takehiko

> tarou さま
コメントありがとうございます。
この方の一族は元々大内家の家臣でしたね。
いつの時代も理想とする未来のための思考と
先を見通す目を持っていられたらいいなぁと思います。
ステキな記事をいつもありがとうございます。

by takehiko (2017-11-11 11:57) 

tarou

こんばんは、秋芳洞にコメントを
有難うございました。
鍾乳洞の中にできた、千枚田の写真を
写したかったんですが、ストロボの光が
とどかずに上手く撮れませんでした。
by tarou (2017-11-12 22:13) 

takehiko

> tarou さま
なかなか記事をあげられない僕のところに
いつも足を運ばせてしまって申し訳ありません。
真っ暗な広大な鍾乳洞をライトアップしている場所ですから
普通のカメラで写すのは難しいものなのでしょうねぇ。
それでも tarou さまの写真でも壮大さや美しさは
ちゃんと写し出されていて、堪能させていただきましたよ^^
いつもありがとうございます!


by takehiko (2017-11-14 09:29) 

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