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リヴリー小説 中編 『梅雨の狭間』 [創作]

もうすぐ親友のお誕生日です。

ムシチョウのノドくんは、お誕生日が大好きです。
お誕生日にはおなかいっぱい甘い大きなケーキをいただけます。
最近はあまり元気がない武彦さんも、
お誕生日のお話をすると、にこにこと聞いてくれます。
それにどうして解るのか不思議なのですが
ノドくんの大好きなものや、素敵な贈り物を
武彦さんやゼフォンさんや、親友のトビネのイェルクッシェくんが
いつもくださるのもとてもとても嬉しいのです。

ですから親友のお誕生日には、きっときっと喜んでもらうものをプレゼントしたくて
ノドくんは何カ月も前から、一生懸命考えています。

イェルクッシェくんは響鬼さんが好きだし
カッコいいものも好きだし・・
獣の槍もパンダさんもカピパラさんも好きだしなぁ・・
ぽりぽりのお菓子も、甘いカレーも、チョコレートも、
お魚のラーメンも好きだなぁ・・。

ノドくんはすっかり頭を抱えてしまいます。
何が一番喜んでもらえるのかなぁ!
僕がいただいた時に嬉しかったのとおんなじくらい嬉しいものって、なんだろう!

今日もノドくんは一生懸命
イェルクッシェくんのお誕生日プレゼントを考えていました。
あたりはもう真っ暗。
日中のじとじと雨にこもった部屋の空気が
窓を開けるとさああっと一気に吹き飛ばされました。
上空にはぼんやりとしたお月様が、流れる雲の隙間にみえました。

「気持ちいい風だなぁ!」

その時大きな羽音と共に、黒い塊がノドくんのお家に入ってきました。

「わあ!!だれだい!」

ノドくんはあんまりびっくりしたので、尻餅をついたままで
ぶんぶんという羽音を追って目をくるくるさせました。

大きな黒い塊は、ごん、ごん、と音を立てて灯りにぶつかり、天井にぶつかり
ノドくんのお隣に仰向けにひっくり返って6本の足をもごもご動かしました。

「おおーっと、失礼。灯りにつられてきてしまったよ。」

ノドくんはおそるおそる近ずくと、短い前足をひっぱって起こしてあげました。

「大丈夫?ずいぶんいっぱいぶっかっちゃってたよ?」

「ありがと。ありがと。わたしはムグリともうします。」

ムグリは前足で口元の触角をなでつけながら挨拶をしました。

「ムグリさんはカナブンだね!すごく綺麗なぴかぴかの色だねぇ!
響鬼さんのまじょーらからーみたいだ。

ノドくんは初めて見る大きなカナブンに目をぱちぱちさせました。

「ようやく月がでたので、飛行してみたくなってねぇ」

はっはっはっはっとムグリはおなかを揺すって笑いました。

「どうだい?一緒に夜のお散歩としゃれこまないかね?」

ムグリはよいしょよいしょと窓の枠に腰を掛けると、ノドくんを振り向きました。

「うんっ!行こうっ!」

ノドくんはぴょこんと窓に飛び乗り、ムグリの背中に掴まりました。

「ようし、行きますぞ!」

ムグリは力強く硬い翅を開くと、一直線に上空の朧な月をめがけて飛び立ちました。

・・・・と、翅に掴まっていたノドくんはたまりません。

力強い硬い翅の一撃を喉元にくらわされて、羽ばたく間もなく意識を喪うと
放物線を描いて長雨にしっとりと濡れた丈高い草原に落ちて行きました。

「私の翅はすべるかもしれませんので、
しっかり掴まってくださることをお願いしますぞ!」
「私も中々の腕っぷしでね?
まだまだ君くらいのモノなら、軽々っていうところですけれどもねっ!」
「どうぞ安心してくれたまえよ!」

ムグリはノドくんをすっ飛ばしたことなど全く気付かずに、
さらに高く飛んで行ってしまいました。

さてノドくんはというと、たくさんの雨で伸び放題の柔らかい草の葉のクッションに
柔らかく受け止められて、二度三度とバウンドすると
ぽちゃんと大きな水たまりの中に落ちました。
しかしまだ目を開きません。
しかもその朱い体はゆっくりと水たまりの中に沈んで行き、
みるみるお顔が黄色の嘴を残して見えなくなり、それもやがて見えなくなりました。
最後までみえた小さな手の指も、吸い込まれるように水中に没すると
大きな泡がひとつふたつ底から湧いてきたのを最後に
何事もなかったように静かになりました。
しばらく揺れていた水面も、やがて静まり
濁った泥の面には、大きなまあるい月が映し出されていました。

夜遅くに訪ねてきた声に、イェルクッシェくんはぴょこんと飛び起きました。

「武彦さん、こんばんはーっ!」

ゼフォンさんが扉を開けるよりも早く、イェルクッシェくんはお友達の武彦さんの足に
ぎゅうっとくっついて挨拶をしました。

「あれ?ノドくんはお留守番?もう寝ちゃったの?」

ひとしきり武彦さんの体を上ったり下りたりして親友を探したイェルクッシェくんは
大きな頭を傾げて聞きました。
ようやく扉を開けたゼフォンさんに挨拶をした後、武彦さんは沈んだ顔をむけました。

「やっぱりこちらにも来ていないのですね。
昨日の朝からノドくんを呼んでいるんですが、応えてくれないのです。」

こんなことは初めてなので・・と武彦さんはうつむきました。

「イェルクッシェ。ノドくんのところまでとんでみてくれないか?」

ゼフォンさんが声を掛けました。

「まかせておいて!シュッ!」

イェルクッシェくんは響鬼さんのポーズでさっと消えました。


「あれえ?」

そこはいつも見慣れたわだつみのノドくんの家です。

「ノドく~んっ!どこだい?」

きょろきょろと見渡してみてもノドくんの姿はどこにもありません。
イェルクッシェくんはもう一度ノドくんの名前で追跡の技をかけてみました。

・・やはりわだつみの家に出ます。

「ノドく~んっ!ノドく~んっ!どうしたの?出てきてよーっ!
ぼくだよー!イェルクッシェだよーっ!遊びにきたよーーっ!!」

イェルクッシェくんの胸の奥に大きな黒い塊がつかえたような気持になりました。

「ノドくん・・。」

いつも遊んだ木の上、花の陰、かくれんぼした本の間・・。

「ノドくん・・ノドくん・・ノドくん・・。」

頭の隅を、急にいなくなってしまった
幾人ものお友達のお顔が通り過ぎました。
イェルクッシェくんは頭をぶるぶると振って、
喉の奥からこみあげてくる塊を飲み込みました。

僕に何も言わないでノドくんがいなくなる訳ない。
武彦さんにあんな悲しいお顔をさせる訳がない。

イェルクッシェくんはぎゅっと口を固く結ぶと、
一番の親友のゼフォンさんのお名前を唱えました。

ゼフォンさんと武彦さんは、イェルクッシェくんのお顔を見て
ノドくんが見つからなかったことが解りました。

武彦さんの青いお顔をきずかし気に見つめながら、ゼフォンさんが口をきりました。

「イェルクッシェ。心眼でノドくんをみてくれないか?」

イェルクッシェくんは直ぐに目を瞑って答えました。

「お腹は半分くらい空いているけど、ちゃんとみえるよ!」

「夜眠る前に満腹まで食べていたからね。そうか、無事でいるんだね。
ありがとう、イェルクッシェくん。それだけでも解って嬉しいよ。」

武彦さんはそっと小さなイェルクッシェくんの頭を撫ででくれました。
我慢していた涙がぽろりとイェルクッシェくんの頬を伝いました。
武彦さんやゼフォンさんにとって、自分たちがどれほど大切な存在であるか
そのてのひらを通して、通心しなくても痛いほど感じ取れたからでした。

「心配をかけてごめんね。
ノドくんが戻ってきたときに迎えてあげたいから、僕は島に戻るよ。」
武彦さんはそれでもゼフォンさんとイェルクッシェくんに笑顔を作ると
手を振って帰ってゆきました。


さて。
ノドくんはどうしたのでしょう。


ノドくんはぼんやりとした光の中で座っていました。
「ここはどこだろう?」
思わず出した声は変な風にくぐもって、
なにかに吸い込まれるようにふっと消えてゆきます。
見渡す限り白い霧のようで、
まるでミルクの中にいるみたいだなぁ、とノドくんは思いました。
ちょっと怖くなって、自分の手のひらを見ると
心なしか色も褪めて白っぽくなっている気がします。

「おーい。おーい。」

ノドくんは大きな声で叫んでみました。
やはり声はすっと尻切れトンボのように途切れて、
耳が痛くなるような静けさがすぐにやってきました。

「武彦さーん!イェルクッシェくーん!」

上を見上げると、白い空がゆらゆらと揺れているように見えます。
ノドくんは立ち上がると、両手をいっぱいまで前に伸ばして
ゆっくりゆっくり歩きだしました。
指の先にも、つま先にも何も当たりません。
どのくらい長い間歩き続けたでしょう。
ふり向いた道も、もう白い霧の向こうに消えてしまっていました。
ノドくんは不安と恐怖と絶望でぺたんとその場に座り込みました。

「武彦さーん!武彦さーん!たすけてーっ!こわいよぅ!こわいよう!!」

掴んだ地面は白いふわふわとした綿菓子のようでしたが、
確かに地面としての感触があります。
ノドくんはふとそれに気づいて、足元を両方の手で掘ってみました。

するとどうでしょう。

白い地面の下から鮮やかな黒い土が現れました。
色のない世界に突然現れた黒。
ノドくんは夢中で回り一帯を掘り始めました。
今度は鮮やかな緑。
白い霧のような色に埋もれることのない滴るような緑色です。

ノドくんの疲れた顔に、ようやく笑顔が浮かびました。

「こんにちは。君たちは生まれたばかりの葉っぱだね?」

その時上空を揺らして、一陣の風がざあああっと吹き降りてきました。
一瞬目を瞑ったノドくんでしたが、すぐに周りの異変に気付きました。

それは・・音でした。

風に揺れる草の音が周りから一斉に聞こえたのです。

ノドくんの見開いた目に映ったものは
霧がすべて吹き払われた夜の草原でした。

さわさわと風に揺れる身の丈ほどの草の香り。
雨に濡れた土の香り。
耳を澄ますと、静寂の中にも草が伸び行く音さえも聞こえるのです。

そしてはるか上空にはまあるいお月様。

ノドくんの目に、今度は新たな明るい涙が浮かびました。

その時、きらりと目の端に何かが光りました。

ノドくんが近づくと、小さな黄色の種がいくつもお月様の光を反射しています。

「これ・・みたことあるなぁ・・?」
ノドくんはくんくんと匂ってみましたが、そっといくつかを袋の中にしまいました。
これをイェルクッシェくんへのプレゼントにしよう!
きっと素敵な実がなるかもしれないもの!
喜んでもらえたらいいなぁ。
お誕生日、間に合うといいなぁ・・。

武彦さん、イェルクッシェくん・・・早く戻りたいよ・・。

ノドくんはぎゅうっと口元を食いしばって、目を閉じました。


わだつみの家で、武彦さんはノドくんのことを心配して何度も呼びかけていました。
お腹すいているんじゃないか、怪我をしているんじゃないか・・
こちらに来たばかりの頃、家に帰れなくて行方不明になったお友達を思い出して
事務局のパトロールさんにもお願いしてみましたが、まだ何も連絡がありません。

静かにドアを叩く音がして、
ゼフォンさんとイェルクッシェくんが来てくれました。
「武彦さん。もう一度今度はみんなで呼びかけてみませんか?」
「きっとみんなで呼んだら聞こえると思うんだ!」
イェルクッシェくんの後ろには、ノドくんの仲良しのお友達がたくさん来ていました。
ジャスミンさん、ポイトコナくん、秀吉くん 瑞貴☆妃さん・・

「みんな・・ありがとう。」
武彦さんはみんなの優しい気持ちに、胸がいっぱいになりました。

「さあ、いくよーーっ!」
イェルクッシェくんが先頭に立って、声をあげました。

「ノードーくーーーんっ!!ここだよーーーーーっ!!
帰っておいでーーーーっ!」

みんなが口々にノドくんの名を呼びます。
武彦さんもゼフォンさんも一緒に呼びかけました。

「ノドくん。帰っておいで。みんな待っているよ・・。」

武彦さんがそうつぶやいた時
見知らぬ地にいたノドくんは、はっと頭をあげました。

「呼んでる・・。僕の事・・呼んでるっ!

イェルクッシェくんの声だ!武彦さんの声だっ!!」

ノドくんはそのまま助走もつけずにぽーんと飛びました。
懐かしい顔が存在が、ノドくんの体中が満たされていっぱいになります。

イェルクッシェくん!ジャスミンさん!ポイトコナくん!
武彦さん!ゼフォンさん!武彦さん!武彦さん!

会いたい、会いたい、会いたい、会いたい!
今すぐに。
今!!

ノドくんの朱い体がしゅーんと持ち上げられ飛ばされます。

「ただいまぁ!みんなぁ!」

ノドくんは武彦さんの腕の中に抱きとめられ、
すぐに仲良しのお友達にもみくちゃにされました。

「やったぁ!おかえり!ノドくん、おかえり!」

みんなが大喜びで口々に呼びかけました。

ノドくんはもみくちゃにされながら、
少し離れて下を向いているイェルクッシェくんのそばに駆け寄りました。

「イェルクッシェくん。君と武彦さんの声が聞こえたんだ。
ありがとう。僕、戻れないんじゃないかってすごく怖かった。心配かけてごめんね?」
そして、袋から種を取り出すと、そっとイェルクッシェくんの手に握らせました。

「イェルクッシェくん、お誕生日おめでとう!
日付が変わったから、ぎりぎりで間に合ったね。
これ、ぴかぴかの種なんだよ?」

イェルクッシェくんは、じっと手の中の種を見つめました。

その手をまたぎゅっと握りしめると、ノドくんの首に抱きつきました。

「ぼく・・ぼく・・ね?」

そしてシッポまで振るわせて大きな声で泣きだしました。

「僕も・・とってもこわかったんだよ?
プレゼントよりも僕、ノドくんがいるほうがいいんだ。
ノドくんがいてくれるほうがいいんだ。」

そしてふたりは武彦さんとゼフォンさんが、やさしく撫でて眠りにつくまで
ずっとお互いの手を握りしめていました。

「お店が開いたら、
二人の大好きなケーキを買ってお祝いしてあげなくちゃいけませんね。」

ゼフォンさんも安心したように微笑みました。

翌朝、ノドくんとイェルクッシェくんは不思議な黄色い種を
土に埋めてお水をあげました。
そして大きなケーキでお誕生日のお祝いをしました。
ゲームをしたり、おしゃべりをしたり、
みんなはいっぱいお腹を抱えて笑い合いました。

あの不思議な場所の種は、不思議な魔法がかかっているのか、ぐんぐんと伸びて
数日で大きな実をつけました。

「トウモロコシだったんだね!」

ふたりは顔を見合わせてにっこりしました。

甘くておいしいトウモロコシは、お友達みんなで分け合っても
まだ余るくらい沢山実りましたので
半分はゆでたり焼いたり、スープにしたり、パンに入れたり
みんなでお腹いっぱい食べました。
あとは来年もまたそのあとの年も食べられるように、種として残すことにしました。

きっとその甘いトウモロコシを見るたびに、
心で呼び合い、応えることのできた大切な友人を思い出すことでしょう。


最後にふたつほど。

ムグリ氏の名誉のためにもお話をしておかなくては。
ノドくんを振り落としたのに気づいたムグリ氏は
遅ればせながら、仲間を引き連れて捜索隊を編成してくれました。
ただ、みなさんあちこちにごちごちぶつかって怪我ばかりして
ほとんどの時間を薔薇の花の柔らかなベットで休んでおられましたけれどね。

そしてノドくんが落ち込んだ場所はいったいどこだったのでしょう。
ノドくんは、「物事が始まる前の場所」みたいだったといいます。


もしかすると、次元の隙間だったのかもしれませんね。

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