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小説 中編 『ジグゾーパズル』 [創作]

温かくて安全な「おかあさん」のところから、
僕たち兄弟は次々と不思議な匂いのする、狭くて四角い場所に入れられて
直ぐにふたを閉められた。
べりべりと大きな音がして、四角い箱の隙間から見えていた明かりが
次々に塞がれてゆく。
僕たちはなるべく箱の真ん中によって、身を寄せ合った。
直ぐに持ち上げられる感覚がして、外に連れて行かれた。
初めての匂い。湿った土の匂い。
僕らは人間というものと暮らしていた。
この人間が僕らのおかあさんに食べるものを運んできていた。

おかあさんはどうしているのかな? 
おかあさんは知っているのかな?

一度この人間が僕を持ち上げようとしたとき、
おかあさんが低い声で怒ったのを僕は知っている。
その時この人間はおかあさんの頭を、履いていた履物でぶったんだ。
それから僕は煙たい嫌な匂いのするこの人間が来ると
直ぐに隠れるようにしたんだ。
今回はぐっすり眠っていて、つい油断しちゃったんだな。
ふわふわ動いていた箱は、大きな音のする機械の中に人間と一緒に入れられると
低い鳴き声をあげながら、真横に走り出した。

僕らは身を寄せ合い、吐きそうなのを我慢して震えていた。
体が箱の中で大きくバウンドすると、大きな機械は走るのを止めた。
お水が沢山流れる音がする。
僕らの箱は持ち上げられると、地面におかれた。
草と土のいい匂いとお水の匂い。いろんな生き物の匂いがする。
べりべりとまた大きな音がすると、箱の上が開けられて、
人間の大きな姿がいっぱいに広がった。
「元気でな。いい人に拾われろよ。」
人間はそう言うと、そのまま大きな機械のところに行き、そのまま行ってしまった。

おかあさーん。
おかあさーん。
ここは寒いよ。
お腹が空いたよ。
おかあさーん。

僕らは互いにくっついて暖を取りながら震えていた。
しばらくすると一番大きな兄弟が、箱からようやく前足をかけて外に転がり落ちた。
いかないで。おいてゆかないで。
僕も
おそとにゆきたいよ。
おかあさんのところに帰りたいよ。
しばらく箱の周りをくるくるしていた彼は、やがていなくなった。
寒くてひもじくて怖い長い長い時間。
残された兄弟たちはもう鳴く元気もなくなっていた。

喉が渇いてお腹が空いて、目を開けるのも億劫なころ、
足音が沢山聞こえてきた。
人間が来た。
5人ほどだろうか、耳障りな声に僕はますます箱の中で身をすくめた。
「おい、犬がいる。捨て犬だ。」
ひとりが頓狂なこえをあげた。
「今時段ボールかよー。」
「保健所つれてゆけよ!薬殺で楽に死なせてもらえるぜ。」
「もう死んでんじゃね?」
ひとりの少年が大声で笑いながら、段ボールを蹴飛ばした。
もうひとりも歓声をあげて、続いて蹴り上げた。
ざりざりざりと音を立てて、段ボールは川に滑り落ちてゆく。
段ボールごと、僕らは川に浮いていた。
川の流れは速く、段ボールはくるくると回りながら下流へと流されてゆく。
少年たちはしばらく見ていたが、そのまま新しいゲームの話をしながら行ってしまった。

川の流れに翻弄されながら段ボールは速さを増し、川の中腹まで僕たちを運んでゆく。
段ボールの箱はすでに原型を留めることも出来ずに、急速に水の中に沈んでゆく。
あっという間に冷たい川の水に、僕たちを放りこんだ。
懸命に手足を動かす。
前の方に流れていた兄弟の頭がひとつ沈み、またひとつ沈んで浮いてこない。
それを横目に見ながら、ただ懸命に痺れた四肢を動かそうともがいていた。

どうして・・?
僕がなんで・・?
おかあさん、おかあさん、おかあさーん・・。
もう・・つかれたなぁ・・。

そう思った時に、不意に体が軽くなった。

おかあさん・・。怖い夢を・・みたんだよ・・?

そうつぶやくと、彼は意識を喪ってしまった。



今日は早々に仕事を切り上げて、彼は家路を急いでいた。
「カナデちゃんは喜んでくれるかなぁ・・。」
手には大きなリボンのかけられたぬいぐるみの箱がある。
娘の5回目の誕生日。
目に入れても痛くない、という意味を彼は娘が出来てから初めて味わった。
笑うと天使。泣いてもかわいい。
寝ていてもこんなかわいい子がいるのだろうかと見惚れてしまう。
そんな様子を妻はいつもおかしいと笑う。
その妻も、今日は大きなチョコレートケーキを作るんだと言って、
朝から気合が入っている。
川から吹き上げてくる風はもうすっかり冷たくなって
秋から冬の始まりをそろそろ感じさせる。
首をすくめて何気なく川に目をやると、
彼はその小さな頭が浮き沈みしているのを見てしまった。
「犬だ!」
「なんてことだ。まだ子犬じゃないか。」
彼は川べりまで走って降りて行く。
川の真ん中あたりの枝ような漂流物に子犬は引っかかっている。
それもすぐに外れてしまいそうだ。
彼は上着とズボンと、靴と靴下を脱ぎ捨てると、
荷物をその上に置きざぶざぶと川に入り込んだ。
心臓をつかまれるような水の冷たさに、一瞬ひるむが、
そのまま川の中を歩き出した。
水かさは徐々に増してゆき、すでに腰のあたりまで来ている。
上流に比べれば、いくらか穏やかな流れとは言え、
気を抜けば体ごと流れに持って行かれる。
なにより冷たさで足の感覚がなくなってきている。
彼はできるだけ手を伸ばして、子犬を捕まえようとして、はっと気づく。
「僕・・犬は苦手だったんだよな・・。」
その時ひっかかっていた犬の前足が外れ、
犬の体がすいっと彼の方に流れてきた。
慌てて彼は手を伸ばして子犬を抱きしめた。
そのまま岸辺に向かう。
「おい・・生きていてくれよ・・。死ぬなよ・・。」
岸に這いあがると、彼は上着に入っていたハンカチでごしごし子犬をマッサージした。
それだけではまだ濡れているので、
シャツを脱ぎそれでくるんでその上から上着でくるんだ。
「今日は娘の生まれた日なんだ。特別な日なんだ。
絶対に助けるからな!」
彼は足をもつれさせながらズボンを履き、靴をひっかけると
荷物もくるんだ子犬も一抱えに抱えると、
帰路にある獣医師の看板を目指して走り出した。

「おいおい・・。君の方がびしょびしょじゃないか。」
眉の濃い獣医がタオルを放ってよこすと、診察台に子犬を乗せた。
「川から拾い上げた時体をごしごししたら、かなり水を吐いたんです。」
彼はありがたく借りたタオルで自分の体を拭きながら診察台の子犬を見つめた。
「うん。・・・それがよかったみたいだね。
栄養状態もそれほど悪くないし、ダニもついていない。」
「もう離乳も終わっているようだね。
あったかいご飯をたらふく食ったら元気になると思うよ。」
「・・・で?この子は君のうちの子じゃないのだね?」
「はい。」
「それだけ一生懸命助けた子だ。君のところで飼ってあげることはできないの?
僕のところはもう手一杯だから、保健所に連絡して前の飼い主を探すかい?」
「でも見つからなったら、処分されちゃうんでしょう?」
「里親という事も出来るけど、まだまだ数少ないからねぇ。」
「家族に聞いてみます。連れて帰って大丈夫かな・・?」
「あったかい点滴したから、直ぐに目を覚ますと思うよ。
ちょっと擦り傷程度の怪我はあるけど、骨まではいっていないしね。
丈夫な子だ。」
「ありがとうございました。」
彼はそっと子犬の頭から体を何度も撫でた。
子犬の目があいて彼の目と合う。
「大変な目に遭ったね。僕のところに来てくれるかい?
せめて元気になるまで僕の家族と一緒に暮らしてみないかい?
きっと愉快だと思うよ。」


あったかい手だった。
心地よい優しい手だった。
嬉しくて安心して泣きそうになった。
そっと舐めてみる。
「うん。ありがとう。
僕はあなたと一緒にいたい。」

獣医が気に入ってもらったようだね、と笑った。
彼は心底嬉しそうな笑顔でもっとたくさん撫でてやってから、
タオルと上着にくるんだまま
プレゼントの箱を小脇に抱えて家まで走って帰った。

「お帰りなさーい!おとーさんっ!」
カナデが玄関先まで走って出迎える。
「お母さんが大きなチョコレートケーキ焼いたの!」
「お誕生日、おめでとう、カナデ。今日はご馳走だね。
ちょっとおかあさん来てくれるかな?」
「おかえりなさい。お疲れさま。どうしたの?」
エプロンで手を拭きながらメグがにこにことでてくる。
とすぐにびしょ濡れでよれよれの彼に目を見張ると、
そのままお風呂先にどうぞね?
と着替えをあわてて用意してついてきた。
簡単にいきさつを説明して、上着の下に隠していた子犬をみせると
メグは目を真ん丸にして子犬を見つめる。
「ああ、なんてかわいい!
これはこの子を飼う運命なのだと思うわ!
ねえ、家で飼いましょう?
あなたが苦手とおっしゃるから、今まで我慢してたの!」
彼は子犬ごとメグを抱きしめた。
「よかった・・。君が賛成してくれて・・。
うんとかわいがって大事に育てて行こうね?」
「はい!」
「さあ、お誕生会、二人分だね?急いで支度しよう。」
「そうね!カナデ喜ぶでしょうね。
・・・あら・・?」
メグは子犬のお腹の模様をそっと撫でた。
「これと同じ模様、昔飼っていたチコにもあったわ。」
そしてカナデとそっくりな、少女のような顔で最高の笑顔を彼に向けた。
「・・・やっぱりうちの子になる運命だったのかもしれないわね?」




ふーー、と大きく息を吐いた天使はううんと伸びをした。
「やれやれ。やっと納まるところに納められたよ。」
「また幸せな人生を送って帰っておいでよ。一番大好きな人たちのところでね。」




まだ怪我をしているから優しく・・だよ?と言われて、
カナデはぬいぐるみの箱から出てきた
茶色の子犬と真っ白いうさぎのぬいぐるみを交互に見比べた。
ぱぁっと顔が輝く。
「新しい家族ね!ありがとう!おとうさん!」
そしてそおっと優しく子犬の頭をなでる。
「はじめまして。あなたのお名前はチョコちゃんね?
私の一番大好きなお名前なの。」
チョコがぺろりとカナデの顔をなめた。
きゃっきゃっとカナデが笑う。

メグと彼が顔を見合わせて微笑んだ。




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コメント 3

takehiko

今年も今日がやってきました。
こりもせずまたお祝いです^^
最近はまったくものも書かず作りもせず
流石にレベルダウンは否めませんが
気持ちだけは心を込めて書かせていただきました。
どうぞこれからの日々が明るく楽しい日々となりますように。
お誕生日おめでとうございます。
by takehiko (2016-11-05 00:07) 

xephon

色々考えさせられるお話でした。
幸せにめぐり合えたもの、ただ理不尽に殺されてしまったもの・・・。
同じ日に生まれたのにその行く先があまりにも違っていてチョコのハッピーエンドを手放しで喜べず、でもよかったと思わずにはいられない・・・。
理不尽な仕打ちやあたたかい描写にずっと涙しながら読ませていただきました。
さすがの文章力だなぁ・・・。
素晴らしいプレゼントありがとうございます。
by xephon (2016-11-05 00:44) 

takehiko

早速のお運び、ありがとうございました。
運命というのは川の流れに放りこまれるようなもの。
自分で何とかしなくちゃともがきながらも、
行くべきところに結局連れて行かれてしまうようですね。
理不尽で残酷で、でも時に暖かくて・・。
そこにたどり着くことが出来るのは
まだまだたくさんの経験値が必要なのかもしれません。

蛇足のもう一つのジグゾーパズル、よろしければご意見ください。
by takehiko (2016-11-05 21:59) 

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