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『御子』 千差万別のいいっぱなし物語 ~語られなかった物語 2  パターンD  [創作]

これは、友人のブログから頂いた文章をイメージで膨らませたものです。

以下、友人の許可を得てその文を転写させて頂きます。

  
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雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく彼は思い知り、歯と体を震わせたまま、あふれ出る涙を止める事ができませんでした。
  
以前別のブログで気まぐれでやっていたものです。

一行だけ描写をし、残りの前後は読み手にすべて補完してもらう千差万別のいいっぱなし物語。

なので一行の中にどれだけの情報量を詰め込めるか、どれだけ空気や温度を持たせられるかの挑戦でもありますねw

皆さんはどんな物語を読み解けましたか。



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さて、ここからもうひとつの物語が生まれました。

『御子』


少年が初めてその声を聞いたのは、母親のものだった。

二日前まで家事をこなしていた母は、流行病であっけなく他界した。

呆然とする父親に、少年は母の言葉で、
我が身の不運を嘆き、子供たちのこれからの行く末を頼んだ。


山で暮らす彼らの中には、時折死者の言葉を聞くものが現れる。
それが解ると、彼らは家族と離れ、
山にこもり,、山に死者の魂を浄化して還す『御子』となる。

御子は年老いたものもいれば、少年のように幼い者もいた。
日々の生活は自給自足の僅かな食料と、
村人たちの貧しい中からの喜捨ではあったが、
これまでの親族や友人との親しい接触は行われる事はなかった。

村人にとって御子というものは、神に選ばれた特別な人間であり、
日々健やかに生きてゆくためには必要なものであったが、
同時に死者の魂に触れる忌むものでもあった。
彼らは名も家族も奪われ、ただ御子と呼ばれるようになる。

御子は本来小さな庵に独りで住むものだが、
あまりに幼い少年のような場合は、
山を分け入るには難儀をする、老いた御子に託される事もあった。

死者は家族や知人の手によって、御子の貧しい庵まで連れて来られる。
慣れ親しんだ体に未だ離れきれずにいる魂は
御子を見つけると、死ぬ間際まで支配されていた痛みや苦しみや悲しみのまま
むさぼるように御子にしがみついてくる。
それを実際の重さとして感じ、常にのみ込まれそうになりながら、
御子は一歩一歩脂汗を流し、震える足を踏みしめつつ、ご神木を目指す。
澄んだ鈴の音が、その歩みごとにご神木へと向かってゆく。

初めて老いた御子とともに聖域のご神木を見上げた少年の眼には
遠目からもこのご神木が、ひとつの意思を持つ存在であることが解った。
ご神木自体がやわらかい光を放ち、その光はゆるい螺旋を描いて
ご神木の遥か上空の雲を貫いて立ち昇っていた。

地球がまだ若く元気な頃からそこにあったのだろうか。
むしろ地球の生命そのもののような圧倒的な存在感に、
少年は魂が感電したような畏怖におそわれた。

「お前の眼にもあの光がみえるだろう。
わしらは神の力を分けて貰い地上に生まれ、この光に乗ってまた神のもとへ還る。
わしも近いうちにこの光のひとつになる。」
老いた御子は愛おしげに少年をみつめた。
「亡くなったばかりのものは生きてきた記憶の重さで、とても重く混乱している。
わしら御子は、神の庭に亡くなった者を迷わずに渡してゆくための船頭なんだ。
幼いお前にはまだ荷が重いかもしれないが、幼くして選ばれたお前はきっと良い御子になる。」


それから一週間後、少年の庵に初めての死者が家族に運ばれてきた。
猟で冬眠前の母子グマに遭遇して命を喪った青年らしい。
取りすがって泣き叫んでいるのは、青年の老いた母であろう。
その母親の姿をすり抜けて、死んだ男は老いた御子の方へ駆けよって来る。
少年はその変わり果てた姿に、思わず後ずさった。

「怯えてはならぬ。取り込まれてしまうぞ。」
老いた御子は静かな声で少年をたしなめた。
「助けてくれ!痛い、痛い、痛い!熊が後ろから追ってくる!
殺されてしまう!死ぬのは嫌だ!助けてくれ!助けてくれ!」

少年は真っ青な顔でその男をみつめた。
老いた御子は声を張って、男の家族に言い放つ。
「このものの魂が、山の神の下で安らかに眠りにつけるように、わしが先導しよう。
約束の葉を頂き来るまで、このものの安寧を祈っていなさい。」

老いた御子が腰の鈴を鳴らすと、死んだ男がはっとしたように、その音の方を見た。
「さあ、まいろうか。」
死んだ男は鈴を抱くように、老いた御子にしがみつく。
老いた御子は少しよろめいたが、足取りこそ遅いが山頂を目指し歩み始めた。
後ろの人々の祈りの声が高くなる。
死んだ大きな男を腰にひきずりながら、ゆっくりゆっくりと歩む老いた御子の後ろを
少年はらはらしながら、ついていった。

死んだ男は発作のように怯えた声をあげて、老いた御子に自分の恐怖や痛みを訴えるのか
そのたびに老いた御子は足をふんばり、倒れないようによろめいていた。
その顔は青ざめ、額には玉のような汗が噴き出していた。
しかし静かな穏やかな声で、
男にもう肉体から解放されて、
神の下に向かっていることを、辛抱強く話しているようだった。

まもなく聖域に入るという最後の難所の崖の手前で、老いた御子は遂に膝をついた。
顔はすでに土気色になっている。
「老師さま!」
少年は思わず老いた御子の腕に取りすがった。
鉛のように腰に巻きついていた死んだ男が、ふいにふわりと軽くなる。
老いた御子は驚いたように少年の顔をみつめた。
「おお。お前の力はすでにここまで来ていたのか。」
「さあ、最後までこの憐れな男を二人で送ろう。」

聖域に入ったとたん、男の顔つきが変わる。
穏やかな、少年の頃のような顔。
血まみれの顔も、裂かれた肩の傷も癒えて、
夢見るようにご神木の光を見上げている。

「さあ、ゆけ。
沢山のはらから達が迎えにきてくれよう。
しばしゆっくり休まれるがよかろう。
お前の魂が安らかであるように。」

螺旋を描いていた光が僅かに崩れて、そのいくつかが男の下へ降りてくる。
それに誘われるように、男が手を伸ばすと、男の体が光を帯び始めた。
こちらに振り向いた男の口元が、微かに微笑んでいるように見える。
「ありがとう。」
声にならない想いが少年の胸に響く。
男は益々光を強くし、その分体が縮んで掌に乗るほどの丸い光の球となる。
そのまま上空に浮かぶと、迎えに来た光と共に、ご神木の上空へと消えていった。

見上げている少年の顔に、ひとひらの雪が舞い降りた。
そのひとひらはご神木のまだはるか上空から、
たちまち音もなく少年の髪にもまつ毛にも降り積もってゆく。
それはたくさんの光のひとつづつが、雪片となって少年へ触れてゆくようであった。

少年は自分が泣いているのに気付く。
連綿と続いてきた命の営み。
その終焉さえも、また始まりである事を、漠然と納得出来たのかもしれない。
それともこれからはもうひとりの少年としてではなく、御子として生きてゆかねばならない孤独が
胸を締め付けるのかもしれない。

無垢なる白から命は始まり、無垢なる白に還ってゆく。
はじまりもおわりもない。
めぐりゆくのみ。

今年初めての雪が、聖域にも降りつもり始める。

雪がどうしてあんなにもハッとする白さを放つのかを、ようやく少年は思い知り、
歯と体を震わせたまま、いつまでも溢れる涙を止める事ができなかった。



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xephon

素晴らしいですね。
日べきになりそうな一文をそうでないようにきれいにまとめています。

情景描写も情緒的で夢うつつのような柔らかさも感じました。
すばらしいです。

by xephon (2012-01-02 23:16) 

takehiko

久々に自分のブログを覗きましたら、ご訪問頂いていて驚きました!

お気づきかもしれませんが、題名の横のアルファベットと数字の分だけ
話は思いつくのですが、
いかんせん、それを物語としてお目汚し出来るかは、別問題で・・。

退屈な説明文になってはいないか、
自分だけ解っているような文になっていないか、とても心配です。

by takehiko (2012-01-05 11:47) 

LAYLY

同じ一行から生まれたお話でも、前回のお話とは全然感じが違いますね^^

『御子』の不思議な力は今は失われてしまった力の一つなんでしょうか?
失われてしまった大事なものの一つなのかな、と思いました。
それとも今もどこかの山奥でひっそりとその力は息づいているのでしょうか…。
ちょっとロマンを感じましたw

by LAYLY (2014-11-30 19:24) 

takehiko

>LAYLYさま

「雪」と言うワードには、僕には終わりとはじまりのイメージがあるのかな?w
この一文を目にした時に最初に思い浮かんだのは
山奥深くにある、信仰の対象になり得る大きな木の映像でした。
きっとそこには地球に生き物が誕生してからの
生命というサイクルが存在しているんじゃないか。
・・・などというちょっとアブナイ発想から生まれたお話でした^^

僕の中では、この木とその守人は
今も多くの魂を送っていてくれていると考えます^^
by takehiko (2014-11-30 20:42) 

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