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リヴリー小説 中編 『野宿の夜に』 [創作]

これは、ある冒険の途中のお話です。

ひとりの少年とノドくんとイェルクッシェくんと、ポイトコナくんと旅の仲間たちが
深い森の中でたき火を囲んで野宿をしていました。
見上げるような太い木に囲まれた僅かな天然の広場に、
リヴリーたちは、少年に身を寄せるように小さな焚き木で暖をとっていました。
みんな旅の疲れはあるものの、力を合わせていろんな難問を乗り越えてきた興奮と達成感で
中々寝つかれずにいました。

その時茂みの闇の中からひとりの男があらわれました。
リヴリーたちはびっくりして少年の陰に隠れました。

「やあ、すまない、すまない。火が見えたものでね。ご一緒させてもらっていいかな?連れがいるんだ。」

男は青年にも、もしかしたら老年かも知れないと思わせる風貌でした。
ただ、太い眉の下の眼はきらきらと少年のように輝いていて
彼を見る者を不思議と安心させるものがありました。
服装は旅慣れた人にみられる気軽で動きやすいもので、頭には少年と同じターバンを巻いていました。

少年はリヴリーを見渡してひとつ頷くと

「どうぞ、構いませんよ。何もありませんが、暖かい飲み物だけはまだありますから。」

「これはありがたい!さあ、おいでお邪魔させてもらおう。」

男が呼びかけると、同じ茂みからきゃしゃな人影が現れました。
少年と同じくらいの背丈で、服装も少年のそれでしたが、細い優しい弧を描いた眉と、
長いまつ毛に縁取られた、満天の星を映した深い湖のような瞳、紅い小さな唇をいちべつしただけで
少年はそれが少女だと直ぐに気が付きました。

男は少年から飲み物のコップを受け取ると、少女に手渡しました。
少女は信頼に満ちた眼で男を見つめると、コップで暖を取るように掌でつつみました。
男はその様子を優しげに見つめていましたが、少年に向き直ると口を開きました。

「見れば君たちはこんな深い森で遊んでいる訳ではなさそうだね?
きっと大変な冒険の途中なのだろう。
暖かい飲み物のお礼と言っては何だが、
ひとつ僕の知っている冒険の話をお聞かせしようと思うが、いかがだろうか?」

だんだん安心して男に近づいていたリヴリーたちは、大喜びで歓声をあげました。
「聞きたい、聞きたいっ!」
「どんな冒険なんだろう!」
「響鬼さんがでてくるのかな?」

そんなリヴりーたちをにこにこと見渡していた少年は、彼らを制して言いました。
「ぜひお聞かせ下さい。僕たちお話は大好きです。」


男は新しいコップを受け取ると、話し始めました。



僕はうんと若い頃、不思議な男に会ったんだ。
そいつは自分は難しい魔道書を読み解いて、ものすごい量の宝物を手に入れることが出来る。
ただ、年をとって体がよく動かないために、お前のような正直な相棒を探していたんだと言ったんだ。
宝物は山分けするから、ということで僕らはラクダで何ヶ月もかけて
その魔道書の書き示された砂漠の真ん中の、深い洞窟へとたどり着いた。

でもね、旅の間に僕は知ってしまった。
その男は体が不自由でも、魔道の真実を追究しているわけでもない
しかもその魔道書を手に入れたのも、元の持ち主を殺して取り上げた物だって。
おそらく宝を手に入れたら、僕など直ぐに殺してしまうだろうと。

僕はこの数年前、流行病で結婚したばかりの大切な妻を喪っていた。
僕らの思い出ばかりの村から少しでも離れていたかったし
殺されるかもしれないが、
この男が漏らした一言が、僕をこの男のそばを離れさせることをためらわせたのだ。

『この宝の中に、何でも願いを叶える魔法の箱があるらしい。』

僕の願いはひとつだけ。
妻がまたそばにいてくれること。


洞窟は小さなオアシスの奥にあり、入り口は大きな岩で封印がされていた。
その男は体が不自由なんて何のその。
二人掛かりでその大きな岩を何とか取り除いた。
するとやっと独りが降りられるくらいの小さな深い穴が地面に現われた。
男は腰にあった長いロープをするするとその穴に落とすと、反対側を洞窟の近くの太い木に結びつけた。
そしていやあな笑顔で笑いながら言った。
「さあ、お前の出番だ。」

僕はたいまつを腰に差し込むと、ゆっくり真っ暗な穴を降りていった。
冷たい風がロープを揺らして下から吹き上げて、中の何ともいえないカビ臭さを運んでくる。
真っ暗な中、だんだん背筋を掴まれる様な恐怖が増してくる。
上を見上げると眼を血走らせた男の顔が見えた。
もう地面までつかないんじゃないかと思う頃、ようやく足が地面についた。
直ぐにたいまつに火をつけると、あたりは広い天然の洞窟のようで、宝物などどこにもない。
僕は男に「なにもないぞっ!」と叫んだ。
男は地団太を踏んで怒り狂っているのが解った。
僕がロープを伝って昇ろうとすると、上からロープが落ちてきた。
「おいっ!!」僕が見上げると、男はふふんっと笑うと、憎々しげに言い放った。
「役立たずめっ!そこでずっといるといいわっ!」

僕は自分の浅はかさを思った。
男より若く力があると過信して、いざとなったら負かせられるとたかをくくっていた。
こんな卑怯な手で葬り去られるとはっ!
叫んでも頼んでも男は2度と戻っては来なかった。
たいまつもそうもたないだろう。
これが消えれば真っ暗闇のこのでかい墓穴で、僕は誰にも知られず骨になるのか。
たまらなかった。

居ても立ってもいられずに僕は壁つたいに、洞窟をぐるぐる周りだした。
どこかになにかあるはずだ。
風があるということはどこかに外に通じる薄い壁があるのかもしれない。

たいまつがもう消える・・という一瞬。
僕は明らかに自然のものとは違う、何か突起物を探り当てた。
夢中になって押したり引いたりすると、かちりと何かがはまるような音がした。
目の前の洞窟の壁の一部が、ゆっくり音を立てて横にスライドしてゆくと
粗末な小さな箱が現われた。
僕は思わず手を伸ばして、箱を持ち上げた・・・とたんにたいまつが完全に消えて辺りに闇が押し寄せてきた。
その闇の中で遠くのほうから轟音が響いてくる。
それがだんだん近くなってくることに気づき、僕は箱を抱きしめたまま悲鳴を上げた。
おそらく箱と連動していたのかもしれない。
洞窟が崩れるのだと悟った。
箱を慌てて元に戻しても音は収まらずに、ますます地面を震わせて近づいてくる。
僕は箱をもう一度抱きしめると、闇雲に走りだした。

足元がぐわっと持ち上がると、闇がものすごい圧力でのしかかってきた。
もう・・だめだ・・・。
僕は意識を手放した。



・・・・・。

・・・・・・・・。

声がする。

懐かしい声がする。

「あなた。」

「大好きなあなた。」

僕は叫ぼうとした。
声が出ない。
何度も叫んだ名前をもう一度声に出したかった。
眼を開きたい。
姿をひとめみたい。


「あなた。
あなたはまだこちらに来てはだめ。
やりのこしたことがきっと・・あるはず。」

「あなた。
どうかおねがいです。
喪ったものに願うのではなく
今目の前にあるもののために願ってください。」

声が優しくゆれた。
ああ・・微笑んで・・いるのだな。
「あなた。
あなたは知っていた?」
「私は世界一幸せな花嫁だったのよ。」

「ありがとう・・。」

声はやわらかい余韻を残して遠ざかっていった。



ようやく開いた眼をあけると、目の前に美しい少女の顔があった。
「新しいご主人さま。どうぞ願い事をおっしゃってください。」

僕は砂漠の真ん中に少女の膝に抱かれて横たわっていた。
腕の中にはあの小さな箱があった。
空には降るような星。
ひんやりとした風が少女の長い黒髪を舞わせていた。
生きて・・・いられたのか。
この少女が助けてくれたのか。
再び目が合うと少女は繰り返した。
「ご主人さま。願い事をおっしゃってください。」

それで・・この少女はどうなるのだろう。
また新しい主人が現われるまで、幾百年、幾千年と砂漠の下に、あの孤独な闇に眠るのか。



「願いを言おう。」

ほんの少し・・声が震えた。

「どうか・・君に自由を。」


少女の見開かれた瞳が、やがてこれ以上ない笑みとなり、妻の微笑と重なった。





「それでそれで?」
リヴリーたちは黙ってしまった男の服のすそを引っ張っりました。
男はリヴリーたちを見渡すとにっこり笑いました。
その視線の先には少年の姿をした少女が微笑んでいます。
少女はビロウドのような声で男に呼びかけました。

「さあ、ご主人さま。体も温まり、疲れも癒えました。
そろそろまいりましょう。」
「そうだな。」

男は立ち上がると少年に礼を言いました。
「君たちの旅が素晴らしいものになるように、祈っているよ。」

少年は礼儀正しくそれに応えました。
「どうぞ、お気をつけて。よい旅を。」

森の中に消える一瞬、男の後ろにいた少女が、ターバンを解いてこちらに向き直って微笑みながら
かすかに頭を下げました。
美しい絹のような流れる黒髪が、その白いおもてをふちどって揺れました。

「わあっ!」
「女の子だったのかぁ!」
リヴリーたちは大騒ぎ。
「あれ?」
ポイトコナくんが首をかしげました。
「じゃああのお話の・・・箱の中にいた・・・?」
リヴリーたちはまた大騒ぎ。

「さあさあ、僕らも休みましょう。」
少年は笑いながらリヴリーたちを優しくなでました。
みんな気持ちよく丸くなりながら、それぞれの想いを膨らませていつの間にか寝息を立て始めました。
少年はその様子を微笑ましく見ながら、新たな旅の行く末を思いました。


「正しい道は、きっと開ける。」

少年はそっとささやくようにつぶやきました。

やがてそれも静かな寝息に変わってゆきました。

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コメント 9

takehiko

いわずと知れた、千夜一夜物語を元に書かれています。

元々は前のエイプリルフールのために書いていたものでしたw

嘘かな、ほんとかな?とリヴリーたちを悩ませるものでした^^

下地は尊敬する友人のなぞなぞの旅があって、生まれた物語です。
by takehiko (2010-02-12 23:29) 

xephon

TT~TT
by xephon (2010-02-14 23:50) 

xephon

イェルクッシェ:僕は最初から女の子だってわかっていたよ? 
          だってねぇ?あの子なんだかいいにおいがしたんだぁ!
         一緒に旅したらよかったのにねぇ。
         もっとお話聞かせてほしかったなぁ!
by xephon (2010-02-14 23:55) 

takehiko

xephonさん、いつも来てくださってありがとうございます。

あの冒険の話をノドくんに聞いてから
森の中にぽつんと灯る焚き火の前に座る
まだ幼さを残した凜とした瞳の少年と
そこに寄り添う楽しげなりヴりーたちの姿が浮かんでいました。

僕のつたない文章が、
あの素晴らしい冒険の旅を損なうものにならないかが心配でした。
今更ですが、あの楽しい時間のせめてもの御礼に
xephonさんにこの小さな物語を捧げます。

by takehiko (2010-02-15 19:43) 

takehiko

ノド:イェルクッシェくん、いらっしゃい!
   
   そっかあ、さすがイェルクッシェくん、ちゃあんと解っていたんだねっ!
   こっそり教えてくれたら、いっぱい仲良ししたのになぁ!
   きっと悪い魔法で閉じ込められた、お姫様だったんだよ!
by takehiko (2010-02-15 19:48) 

伽耶

お久しぶりです。
お元気でした?
またお邪魔させていただきますね^^
by 伽耶 (2010-02-26 14:54) 

takehiko

>伽耶様

お久しぶりです。
nice!とコメントありがとうございます。
年末から少々体調を崩しまして、PCも短い時間にとどめ
すっかりナマケモノを決め込んでいました。
本当によくきて下さいました!

気持ちばかりは間近の春にざわめいているのですが。

どうぞ懲りずにまたいらしてください^^
by takehiko (2010-03-05 15:40) 

LAYLY

うわー楽しい冒険ものですね^^
楽しい中にも切ないお話が絶妙に組み入れられていて、さすがtakehikoさん!という感じですね!!

男が願い事をいう時…、何を言うのかな?とちょっとドキドキ…。
ああ、やっぱり今目の前にあるもののために願ったのですねー。
二人の結婚生活は短い間だったのでしょうが、それはそれは貴重で素晴らしい時を過ごしたのでしょうね。切ないです(;_;)

この男のお話が本当だった?というより、男と少女自体が夢か幻か?という不思議な感じがしました^^

男を見捨てた、‘不思議な男’はその後どうなったんでしょうね?ちょっと気になります^^;

by LAYLY (2014-11-18 15:08) 

takehiko

>LAYLYさま
この話には前段階として、友人が書かれた長い長い冒険の旅があります。
毎回謎を解きながら次にすすんでゆく、とても贅沢なお話しで
僕らは毎週とても楽しみに彼の島に通ったものでした^^
その話しに抵触せずに雰囲気を壊さずに語れていればいいのですが・・。

『不思議な男』はどうなったのでしょう?
きっとこの世界でなした悪行は、
災いとなって降りかかっているだろうねぇ。
いつか探し出して話を聞いてみたいですねw
by takehiko (2014-11-19 12:20) 

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